令和3年3月7日(日)晴れ
今日は午後から表記の勉強会に行く。
いつもの会場ではなくて文京区茗荷谷。
池袋から丸の内線で二駅、
私の常識では池袋に行くには新宿から山手線で行くんだけど
私の常識では池袋に行くには新宿から山手線で行くんだけど
乗換案内で検索したら埼京線で一駅だった。
私鉄駅もすぐ近くですが、バス便が新宿行も渋谷行きも中野行も
4,5分間隔で運行しています。
4,5分間隔で運行しています。
それと言うのも人口が密集しているからなんですね。
まっ密集と言っても昔に比べたらいくらか過疎になっています。
日本中がこれから過疎に向かいますから
この便利さをいつまで享受できるでしょうか。
この便利さをいつまで享受できるでしょうか。
私思うんですがこれからは密集して暮らすことが
社会運営には必要ではないでしょうか。
山の中の一軒家もありでしょうが社会資源的には集まって
暮らすことが効率がよく安心安全だと思うんです。
暮らすことが効率がよく安心安全だと思うんです。
田畑も至る所放棄されているようですから、
熊や鹿や猪や猿や野鳥や野犬などと競争して暮らすことは無いと
思うのです。
次に人口爆発(来るか!!)がくるまでは深山は野生動物に譲って便利な場所で暮らす方が無駄がないと思うのです。
都会人のたわごとでした。
ところで今日勉強したのは敏達天皇、用明天皇の巻でした。
敏達天皇も用明天皇も当時蔓延していた天然痘で崩御されました。
用明天皇は在位3か月でした。
国中に集団発生して
「瘡(かさ)発(いでて)死(みまかる)者、国に充盈(み)てり」
其の瘡を患(や)む者言(い)はく、
「身、焼かれ、打たれ、摧(くだ)かるるが如しといひて、啼泣(いさ)ちつつ死(みまか)る」
と言う悲惨な状態だったのです。
今も昔も伝染病は渡来病でした。
渡来人が集団で来るたびに伝染病が蔓延しました。
当時渡来人は重宝がられてぞくぞくと渡来していました。
その時は仏教が伝来した時でした。

今日の朝食 再度ホットサンドに挑戦、トマトはなしで
薄いパンをハサミで切って間にハム、チーズ、レタスと
マヨネーズを挟んで焼いた、それでも蓋は閉まらなかった。

今夜の夕食、小田急の地下食品売り場で
うまき卵焼き、ウナギ少々の弁当を買った、
蛤吸い物、トマトレタス、ワイン
メジナ煮とメジナ味噌汁があるんだけどもう食べる気がしない。

今日の朝食 再度ホットサンドに挑戦、トマトはなしで
薄いパンをハサミで切って間にハム、チーズ、レタスと
マヨネーズを挟んで焼いた、それでも蓋は閉まらなかった。

今夜の夕食、小田急の地下食品売り場で
うまき卵焼き、ウナギ少々の弁当を買った、
蛤吸い物、トマトレタス、ワイン
メジナ煮とメジナ味噌汁があるんだけどもう食べる気がしない。



