
奥本大尉の単独拝謁の様子(本人描く)



【石油で始まり石油で終わった大東亜戦争‼️】
〜 パレンバン落下傘奇襲作戦成功を殊更にお喜びになられた昭和天皇‼️ 〜
戦中、世界有数の石油基地であった蘭領インドネシアのスマトラ島パレンバンをたった1日で制圧した陸軍落下傘部隊‼️
この屈辱的な戦闘を連合国はひた隠しにしたと思われます。
戦中、世界有数の石油基地であった蘭領インドネシアのスマトラ島パレンバンをたった1日で制圧した陸軍落下傘部隊‼️
この屈辱的な戦闘を連合国はひた隠しにしたと思われます。
その証拠に落下傘部隊の部隊長である甲村武雄中佐を戦後、
極東国際軍事裁判で言われなき罪で銃殺刑にして葬りました。
反対に日本はブロック経済で締め付けられていた状態から解放され、石油資源を自由に調達できることに繋がったのです。
極東国際軍事裁判で言われなき罪で銃殺刑にして葬りました。
反対に日本はブロック経済で締め付けられていた状態から解放され、石油資源を自由に調達できることに繋がったのです。
所謂、明治以降に初めて「真の独立」が出来たのです。
近現代史研究家の茂木弘道先生は、パレンバン奇襲攻撃の戦果は、真珠湾攻撃の10倍‼️だったと評価されています。
それほどの戦果がありながらアメリカは知らぬふりをしたのです。
しかし、昭和天皇や大本営は大変評価しました。
その証拠に、普通ではあり得ない単独部隊の演習を昭和天皇が
観閲されたのです。
しかし、昭和天皇や大本営は大変評価しました。
その証拠に、普通ではあり得ない単独部隊の演習を昭和天皇が
観閲されたのです。
その次が、落下傘部隊の挺進団長である久米大佐を宮中に招かれ単独に謁を賜われたのです。
大佐クラスの単独拝謁は多々あったのでさほど驚きませんが、
小隊長である中尉に単独拝謁を賜う事は前代未聞のことが起きたのです。
それほどまで大戦果であり、昭和天皇も大本営も敢えて尉官クラスの拝謁を認めたのです。
小隊長である中尉に単独拝謁を賜う事は前代未聞のことが起きたのです。
それほどまで大戦果であり、昭和天皇も大本営も敢えて尉官クラスの拝謁を認めたのです。
昭和天皇のお喜びの大きさが推測できる一大事だったのです。
それを受ける側の落下傘部隊の幹部たちは事の重大さに驚いたに違いありません。
また当の本人(父)も慌て蓋めいて対応したようです。
また当の本人(父)も慌て蓋めいて対応したようです。
父之「生誕100年」記念誌になるのでは❓と勝手な解釈をしていますが、多くの方に大東亜戦争の最中の一大事❓となった陸軍中尉の単独拝謁の実情を理解して戴ければ思っています。
印刷部数に限りがありますが、希望される方には実費でお譲りしようと考えています。
奥本 康大氏のフェースブックより転載
奥本 康大氏のフェースブックより転載
