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令和2年8月16日(日)晴れ 酷暑

上から下まで汗ビッショリかきましたので
上下洗わなくてはならないな
今日の暑さは何なのよ、殺人的酷暑でした。
こんな日中に外で仕事する人は死ぬ覚悟がいりますね。
私は本当にいい時に生まれたと思いますよ。
こんな時期にはもうリタイアして悠々自適ですもんね。
なんの因果(ちと違うか!)かありがたい!

そよ風のブログで紹介されていた映画に興味を持ったので久しぶりに観に行きました。
ネットで予約なんて出来ないので電話して空き情報を聞いてから出かけました。
11時半頃着きましたが直近の時間は満席だったので2時45分にしました。
京王に用もあったので戻りそこで時間潰しをしました。
デパートで涼みながら読書しましたが、それでも時間を持て余したので買い物しましたよ。
9月1日に屋外活動しますので帽子を買いました。
京王に用もあったので戻りそこで時間潰しをしました。
デパートで涼みながら読書しましたが、それでも時間を持て余したので買い物しましたよ。
9月1日に屋外活動しますので帽子を買いました。
帽子は沢山あるんですがすべて古帽子なので捨てましょう。
所で映画ですが、展開が早いので(洋画はいつもですが)ついて行けない部分もありましたが、
今も昔もマスコミの作為報道は許しがたいですね、それで世の中が誘導されていくんですからね、恐ろしいことです。
詳しいことはそよ風さんが書いていますので私の感じたことを的外れかもしれない論をのべてみます。
ウクライナがスターリンの政策で飢餓に陥ったことは間違いないとして、彼が行った時期は雪にまみれた冬季ですから
食べられそうな物は一木一草無いのは当然ですよね、ちょっと作為的すぎるかなと思いました。
独裁者の統治で民が飢餓に陥るのは今でも途上国や北朝鮮ではあるんじゃないでしょうか。
朝鮮は私が覚えている近年まで春になると春窮と言う飢餓が毎年あったんですよね、
確か当時春の便りとして報じていたような、なぜ朝鮮の農民は春まで食料を保存できなかったのかは私は調べていませんが
何故でしょうね。
次の収穫の秋まではどうしていたのかな、
次の収穫の秋まではどうしていたのかな、
関係ないけど、昔佐世保に住んでいた時春になると報じられていた春の便りは支那大陸から毎年訪れる黄砂の事でした。
映画は白黒映画だと思って観ていましたが、多少色も見えましたのでカラーでした。
しかし昼間の屋外場面でも暗いのです。
当時を再現するにはそんなものかもしれない。
当時を再現するにはそんなものかもしれない。
でも一見の価値はあります。
映画が終ってもすぐには誰も立ち上がりませんでした。
帰宅途中又も京王に行って夕食を支那料理屋で食べました。
最近お昼を食べないので夕食を早く食べます。
帰宅途中又も京王に行って夕食を支那料理屋で食べました。
最近お昼を食べないので夕食を早く食べます。
本当は美味しいハンバーグを食べたいのです。
そよ風ブログ


