令和8年9月28日(月)曇り

ここにいると毎日毎日同じで書くことがありません。
だから自分に向けて幼少からの思い出を書いてみようと思う。
それには多分自慢話が沢山入ると思うけどご容赦願います。

私は佐賀県の大町町にある杵島炭鉱と言う炭鉱町で生まれ育ちました。
父が勉強して坑内で一番トップの技師 (何という資格か忘却)になり
途中支那に渡り日系の炭鉱で技師として働きました。
秦皇島と言う港町(渤海湾に面している)です。
父は先を見る目があり、父の先見の目のお陰で私達家族は終戦の前に
まず家族だけ引き上げ父は終戦の直前に引き上げてきましたので
いい思い出だけしかありませんが、
父の同僚達は終戦まで居てひどい目にあったと言っていました。

父は古巣の炭鉱で鉱山技師として働きましたが
終戦前にダイナマイト事故に遭い右手の指を損傷しました。
それで炭鉱を辞めました。
今日はここまで、、