令和8年9月22日(火)台風一過

不味くはないけど、飽きてもいないけど、お仕着せはね~
ここに10年近くも生存している人もいるけど、食事の不満は聞いたことないわ。

朝
朝食、私はパン食を希望している
昼
昼食、白身魚の粕漬焼き
レモンケーキ
おやつ、レモンケーキ
夜 厚揚げのそぼろ炒め
夕食、厚揚げのそぼろ炒め

今夜も写真をアップしようとして悪戦苦闘している時に、娘が来た~
娘にやって貰った。もう私一人では文字だけしか入力出来ない。
そのうちにそれさえできなくなるような気がするわ。

最近天変地異が多いけど、
地球だって生きてるんだから終末に近づいているんじゃないだろうか。
昭和は長かったけど考えてみれば私達人類は守られていたような気がします。
昭和は変化があって私は好きな世紀だったな、
母や父の弟はすっぽり大正生まれなので丸々戦争時代でしたね。
大正生まれの叔父さんは体格が良く俳優にでもなれるような眉目秀麗でした。
伯母さん二人が話していたんですが、
恋人らしい若い女性が安否を尋ねてきたことがあったそうです。
おばさん達も弟の安否は不明でした。
後でわかったことはおじさんは終戦まで生き延びて
ナウル島で終戦を迎えたんです。
戦後22年頃ソロモン群島のピエズ島と言う豪州の捕虜収容所で
栄養失調で病死していました。
母の弟達4人は皆無事に終戦を迎えて帰還しました。

おてんば89歳・・日々録 : 朝雄叔父さん ピエズ島、オーシャン、ナウル島