令和3年10月18日(月)

昨日同志と盛り上がった話題は
処女尊重の話から少子化問題まで繋がった。
処女尊重の話から少子化問題まで繋がった。
私が高校卒業した頃から親は
私の貞操について特段の気を使い始めたような気がする。
私の貞操について特段の気を使い始めたような気がする。
当時女は結婚するまで純潔を保ち処女の身で結婚することが
女の条件だった。
女の条件だった。
処女を失った女は傷物と称されて商品価値が落ちるのであった。
現在では考えられない価値観である。
たった50数年前まであった価値観であった。
それが無くなったのはいつ頃からだろうか。
男性は自分が結婚した女性が果たして傷物ではないだろうかと
疑心暗鬼したものだ。
疑心暗鬼したものだ。
傷物の女性は処女の振りをする演技を演じたものだ。
処女膜再生術が密かに話題になっていた。
傷物女性は一生負い目を背負って暮らすことになった。
事実私の母は十代の頃家業で雇われていた若い従業員の子供を
宿し、その為に一家は引っ越しをして密かに産んで自分の弟として届を出されました。
宿し、その為に一家は引っ越しをして密かに産んで自分の弟として届を出されました。
その後、母は東京の親戚に預けられ4年間洋裁の勉強をして帰郷し
洋裁師として他所の土地(私の故郷炭鉱町)で洋裁店に住み込みで働きました。
洋裁師として他所の土地(私の故郷炭鉱町)で洋裁店に住み込みで働きました。
それでも母の負い目は附いて回りました。
父は恋人が居ましたが、母親が早目に亡くなり、家事をする女手が必要と言うことで父親の命令で母と結婚させられました。
父親(祖父)の言い分は傷物だから辛くても我慢するだろうから
結婚しろと言うものでした、つまり女中代りです。
結婚しろと言うものでした、つまり女中代りです。
その家には気難しい義弟二人と義妹が居てただでさえ面倒な家庭だったのです。
因みに義母も少女時代に出産して弟として育てられました、
因みに義母は結婚して乳幼児だった子供二人を残して離婚して
います。
います。
義母は一切話しませんでしたので詳細は判りません。
父は傷物を貰ったと言う悔しさを抱え、母は父に負い目を負い
その関係は一生つきまとっていたようです。
その関係は一生つきまとっていたようです。
母の弟が言っていましたが「姉さんは明るい性格だったが義兄と結婚してから笑顔が消えた」と言っていました。
それほどまでに処女喪失は重大事件だったのです。
昨夜の話題で同志がこんな事を言いました。
少子化は小婚化の結果だし、
現在処女を尊重する風潮が廃れた結果、
現在処女を尊重する風潮が廃れた結果、
責任の伴う結婚をしなくてもいつでもセックス出来る環境だから、
結婚しなくなったからだと、
小婚化は他にも理由はありますね。
一番の理由は経済問題でしょう。
ただ捌け口だけを求めるオスにはいい世の中になったわけです。
と言うことは男性の大半は自由にセックスしたいが為に結婚して
いたのでしょうかね、
女性には判りません。
結婚しなくなったからだと、
小婚化は他にも理由はありますね。
一番の理由は経済問題でしょう。
ただ捌け口だけを求めるオスにはいい世の中になったわけです。
と言うことは男性の大半は自由にセックスしたいが為に結婚して
いたのでしょうかね、
女性には判りません。
なるほどね、
オスは常にメスを追いかける宿命に位置付けられているけど、
オスは常にメスを追いかける宿命に位置付けられているけど、
いつでもどこでも責任感なくセックス出来れば、
家庭を持って責任を持たされる結婚なんかする
馬鹿はいなくなるんですね。
家庭を持って責任を持たされる結婚なんかする
馬鹿はいなくなるんですね。
少子化解決容易ではないな。
この意見に補足お願いします。
この意見に補足お願いします。
この件についてはもっと深く語りたいですね、
枯木さんなんか絶好調じゃないですか、
ちょっと落ちネタなので「えびす」では無理だから、
我が富士見亭でやりましょう。
2. ポテトさん
性の相性を確かめてから結婚するのが
正解でしょうが、
それでも離婚率は以前より高いんじゃないで
しょうか、
好きな女がどうしても結婚しなければ
やらせてくれないので結婚すると言うのが
当時までの経緯だったと思います。
戦後、戦死した兵士の弟と再婚するのは
普通だった様な気がします、
周りにもそんな事例が沢山ありました。
家と遺児を守るためにね。
mamasango672
が
しました