[719] 懲りない女 2008.10.22  21:59:54   
20/10/22(水)晴れ


それは昨夜夕食後3時間後に始まった。
「ううっ」あたり、あたり、食あたり。

トイレに駆け込み、水でぐるぐるぺっ、を繰り返し胃の内容物を
吐き出そうとするが中々思うようには出てくれない。
便器を抱きかかえ苦闘した。
布団に入っても又苦しくなるのでトイレの前で寝たわ。

私って何度同じ事を繰り返しているんだろうか。
懲りない女、匙を投げない女でもあるけどね。
お手製のイカの塩辛、お手製の鰹の塩辛、
七転八倒の苦闘したけど、
やっぱり新鮮なイカを見ると作りたくなる。

長崎県の親戚の法事で隣の人の分まで食べて激烈な食中毒で病院に担ぎ込まれた。
当時、0157が大流行していた時機なので保健所から聞き取り調査が来て、隔離病室に隔離された。

結局それは腸炎ビブリオ菌の仕業だったが、あれは凄かったわ。
その時七転八倒しながらも心配したのは
新聞に○○歳の老婆が0157に罹患と書かれるのじゃないかと
言うことだった。
のんきな女。

タクラマカン砂漠一周をしている時、中国最奥地のカシュガルで激烈な食中毒になった。幸い2泊だったので私は持参の抗生物質で自己治療しながら、1人寂しくホテルの流れないトイレにこもり闘ったわ。

その時はこんな辺境の土地に1人置いて行かれるのではないかと
さすがに心細かった。
その2年前にタクラマカン砂漠にラクダで旅した時、
中国人スタッフが事故で入院したので見舞ったから
そのあたりの病院内部を知っていたのだ。

それより一番困ったのは一流ホテルなのに給排水事情が悪く汚物が流れないのだ。
その時も土地の人の食べ物をちょっぴり味見したりしたのだ。
私だけね。

去年夏には寿司屋のツブ貝で猛烈な食中毒で数週間後遺症が残ったし、暮れには会社の忘年会で〆鰺でこれも又激烈であった。
それ以来月1の懇親会の度に先輩が「さんごママは生ものは食べちゃ駄目だよ」と言うの。

昨夜はさすがにもう食べ物には気をつけようかな、
と思ったけどね、又繰り返すかもね。

私は事ほど左様に食べ物に卑しいの、
よく言えば生命力が旺盛と言えるのかな。

最近、認定調査で食欲のないお婆さんに出会ったが
息子さんが見守っていないと一口か二口で食べなくなるそうです。 だから内臓はどこも悪くないのに生ける屍みたいでした。
やはり食べない人は弱いですね。

昨夜トイレを抱えこんで考えていたのは
今日の担当者会議の事でした。
もしこのまま救急車で病院に運ばれることになったら、
携帯電話は持って行かないと皆さんに連絡出来ないよなぁと。

でも今回のは比較的軽かった、下の方はどうも無かったし、
起床時は気分悪かったけど、今日の「担当者会議」は
大成功であった。

訪看さんが2人も来てくれて、
主治医と病院相談員と後見人と介護職にも来ていただき
フルメンバーで意義ある会議が開催された。

医者もとても丁寧に説明してくれて、
その後の担当者会議にもアドバイスくれた。
ガンは出っ張ったガンは2個取れたが、
尿管口の皮膚にべったりついているガンは取れないらしい。
転移しやすいガンだそうだ。
でも年齢が94歳だし認知が酷いので
このまま経過観察することになった。

その会議でベッドを導入すること、配食弁当を導入すること、
夫婦をデイサービスに入れることが提案された。
その事は前から提案していることであったが、
奥さんの反対でどうしても実施出来なかった事だが、
この度は全て医者の命令だからと奥さんを説得することにした。

ベッドを入れないと旦那さんを退院させてくれないとか、
デイは旦那様が治療のために行かなくてはならないが
奥さんに付き添いで行って貰わなければならないとかね。
2人とも随分認知が進んでいる。
旦那さん私の事も忘れていたし。

それから福祉用具の社員に直ぐさま来て貰い、契約し、
後見人とベッドを入れる部屋の片付けをした。
何十年分のゴミを片付け家具を動かす、
もう70過ぎの老婆がやること~~、
私達がゴミと思っても奥さんにすれば大事な宝物だろう
多分後で悶着が起きるだろうな。

デイの担当者にも待っている人が居るというのを最優先してくれと
強引にお願いした。
2時から4時までで今日はいったん終わったわ。

ところで今日はいいことを聞きました。
嘔吐するとき、洗浄出来たらなと思いましたが、
塩を入れた微温湯をコップ2杯飲むと胃の中の物が
全て吐き出されるそうです。

今度からそうしよう。