[710] 正念場 2008.9.30  22:35:43   
20/9/30(火)小雨

今朝、腰痛ちゃんが亡くなった。
76歳の生涯苦しみ多い人生だったと思う。
痴呆が有り、初期の頃は統合失調症と診断され
隣人との確執から大家さんに異常を発見されて
精神科に6ヶ月入院していたようだ。

私が初めて遭遇したときは「ゴミ部屋」の住人だった。

平成16年9月3日初回訪問、最初はヘルパーとして
「ゴミ退治隊隊長」として社員と3人で頭は姉さんかぶりで
タオルでマスクをして3日間ゴミ処理に玉の様な汗を流した
事が忘れがたい。

以来ず~~つとお付き合い。

介護福祉士の実技試験のモデルになって貰って訓練した事も
あったっけ。
ケアマネになってからは介護とケアマネと兼務で縁が続いた。

2年前の12月に何故か勝手に私の近くに越してきた。
その1ヶ月後に骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折で準寝たきりに
なったのだ。
それ以来私は彼女の人生を背負って今日まで来た。

実のところほっとしているよ。

もう楽になったでしょう。
あの世であの笑顔で楽しく暮らせるでしょう。
性格の良い彼女は介護者の誰にも好かれていた。
どこに(デイ等)行ってもすぐに友達が出来た。

介護が終わってお暇するときは必ず
「大変だったわね、有り難う」と言ってくれた。
どんなに認知が進んでも感謝する心は失われなかった。

今日は午後から福祉の担当者と親族との調整に費やした。
全て福祉でやって欲しいとの親族の気持ちを伝え
葬儀も部屋の撤収も福祉で手配してくれた。
その代わり私の預かっているお金で全てやることになった。
それは当然だと思うの。

最初の話ではお骨は引き取るが焼き場には立ち会わないと
言うことだったが、
夕方甥のお嫁さんから電話があり親族で立ち会うことにした
そうだ。
残念ながら私は予定があるし遠いので失礼させて貰う。
(後記:是非にとお誘いの電話がありましたが、決まりで行けませんと断ったが、決まりがあるわけではない、切りがないので行かないことにしている、それに香典は経費で出ないので自弁だ)
実は昨日病院からもう一両日の命だという知らせが有り、
甥と2人で最後のお別れをしてきたのだ。
もう思い残すことは無し。
今頃はあの世で両親、兄弟に会っているでしょう。


血尿で検査入院した方は膀胱ガンだそうだ。
被害妄想の奥様はますます認知が進みちょっとの記憶も失われて
いるようだ、
昨夜も雨降るなか外にいるのを隣家の方に発見されて
民生委員が駆けつける騒ぎ、

「主人が帰ってこないのよ」と心配していたそうだ。

もう本当に在宅は無理だわ。
でもこの奥様がとてもとても大変な方、
前任者は在宅支援センター(以前の名称)のケアマネだったが、
事例研究会で度々「困難事例」で取り上げていた方。

私がケアマネになったら、良く事情を知っている貴女が担当した方が良いでしょうと、引き渡された。

以来数々の苦労があったが、今年1月から甥を後見人に選任して
から、孤独の苦しみからは逃れたかな。
でも甥は年若いし、栃木だから大変です。
(この甥はとても面倒見のいい人で叔父さん夫婦を栃木の病院に引き取りました、だからその後消息不明、叔父さん夫婦が亡くなれば養子縁組しているので莫大な遺産が入りますよねと言ったら、今や奥さんの両親と独身だったおばさんが東京から引き揚げて来て遺産は貴男にあげるから私の老後も見てとお願いされたそうです、老後引き受け人ですねと話したことがあります、それもいいかと)

お金があるのだから老人ホームに入れば一番良いのだけど、
被害妄想の奥様がガンなの。
旦那様の「特養入所」も病気だから病院に入院させるのよと
「だまして入れる手筈だったの」
でも特養入所もパーになって仕舞ったわ。

あぁこんな困難事例は私の力量では無理でしょうか。

考え始めると「へなっ」となります。

旦那様がどうなるか判らないが近いうちに
「担当者会議」を開催して
皆様のお知恵を拝借して切り抜けよう。

今回は包括支援センターのセンター長と区役所の高齢者福祉課
あたりのお役人を呼ぶわ。