おてんば83歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

都内

シニアナビ過去記事(288)「麻布十番納涼祭り」


[288] 麻布十番納涼祭り 2006.8.20  00:01:39   
18/8/19(土)晴れ 酷暑


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過疎地にお住まいの方々、こんな稠密な人込みを想像出来ますか。


テレビで「麻布十番納涼祭り」の開催を何度も放映しているのを
見ていたら急に思い立って行きたくなった。
娘は去年友達と行っているので行こうよと誘ったら、
「ぇっ私がママと行くわけ」と嘘でしょうと言った返事。

でも、一緒に行ってくれた。

まぁ、驚いたわ。
その人の多い事に、人塊の流れが滔々と流れている濁流のようであった。あっという間に流されて連れとはぐれそうになる。

「麻布十番納涼祭り」と言っても、
神事などの祭りがあるわけではなく、
ただただ、屋台、屋台、屋台、人、人、人だけである。
屋台で買った食べ物、飲み物などを只ひたすら
食べ歩きするだけだ。
イベントはある、
神楽踊り、助六太鼓、和製マイケルジャクソンショウ、
おかまショウ(きれいなおねぇさん方だった)、

我が商店街にある、お不動さんの祭りなど、それは寂しい屋台商売だけど、ここの、屋台商売の繁盛振りは「寅さん」だって目をむくだろう。

私も近年開通した「大江戸線」で楽に行けたが、大江戸線が開通してから人出も増えたようだ。

しかしどうして、一地域にこんなに人を集めることが出来るのだろうか。
私もテレビで触発されたが、多分費用を掛けてメディアを利用しているのだろうな。
(後記:電通などの広告会社を使っているんだろう
多分、
地球的には今夜の麻布十番地域は数十センチは地盤が
沈下しているだろうな。

私的には、
去年の今頃は体調不良でヒ~ヒ~言っていたので、
人の集まる所や行列する所は苦手だったのに行こうと思った
私に驚いている。

最近は、いつの間にか鼻歌が出て居る、
いつも演歌だけど、朝から寝るまで同じフレーズの歌だ。
気分が良い、精神が高揚している。
まだ「さんごママ、貴女は偉い」とまでは行かないが、
少しずつ自信が出ているようだ。

私も、心身の健康には意を尽くしているしな、
お金も沢山つぎ込んでいるしな。

話は、変わりますが昨夜会社主催の「暑気払い」会があった。
我が社は高齢者が、元気でさえあれば働ける素敵な会社だ。
話に聞いていた最高齢者にお逢いした。

なんと、昭和6年生まれの元気なお方だ。
75歳のホームヘルパーだ。



シニアナビ過去記事(269~270)「歌声サークル「カチューシャ」&新宿ゴールデン街」


[269] 歌声サークル「カチューシャ」&新宿ゴールデン街   2006.7.2  16:39:20   
18/7/2(日)雨、強風

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いまや「テーマパーク」の新宿ゴールデン街


ここんところ、休日は無為に過ごし(パソコン三昧)少々我に嫌気がさしている。
昨日もそうだった、夜8時に発起した。
そうだ「歌声喫茶」に行って見よう。

私の日記の読者である「カチューシャ」さんからメールを頂いていたし、そのうち行きますなんて返信もしていたし。

旦那の帰りが遅かったので、帰宅したらすぐ食事の用意をして、
汗まみれだったので「からすの行水」をしてうちを出たのは9時過ぎ。

新宿3丁目は近いのだ、電車で二つ目、店に着いたのは9時30分近くだろうか、
うちを出るのが目的だから、30分でも居られれば良かったの。

「カチューシャ」さん、いつ私に気が付くでしょうか。
新規の客としてさりげなく様子を見ていた、気が付かなければ黙って帰ろうかと、
勿論「今夜いきましたよ~~ん」とメールはするつもりでしたよ。

ところが、他の客が人懐っこくて、しきりに話しかけてくる。
とうとう名前まで聞かれてまさか偽名をいうわけにもいかなくて本名を言ったら
「はっ」と気が付いてくれた。

13,4名の方々が皆同胞のように仲良く手を組んで歌うの。
私自慢じゃないが「音痴」&「声が出ない」

私の言い訳。
私の音痴は軽い難聴のせい、
その難聴は若い頃結核を患い「ストマイつんぼ」のせい、
従って音痴は生まれつきではありません。

ですから、声量の良い皆さんに混じると恥ずかしいのです。
口パクパクしているだけですから。

そして閉店は10時でした。
10時と言えば、私的には宵の口でして、
どうせ、家を出たからには、すぐ帰ろうと深夜に帰ろうと「おんなじ」

新宿ゴールデン街の知り合いの店に行きましたよ。
この店のマスターとは「さんご」が取り持つ縁でして、
プチ不良主婦の憧れの場所です。

時々、一人でお邪魔します。気さくです。安いです。狭いです。
大体若い客が多く、マスターが昔演劇をやっていたせいか
マスコミや、芸術関係の客が多いです。
こんなおばぁさん(本当は思ってないけど若い人から見た目ね)
でも相手してくれます。

いまや、新宿ゴールデン街は一種のテーマパークです。
皆さん誇りを持って、このごちゃごちゃを大事にしています。
都会のお荷物ではないのです。
外人向けのガイド本でも紹介されているらしくよく見かけます。
事故があった話は聞きません。
そりゃそうでしょう、ここは日本ですから。

なじみの店を持っていると楽しいですよ。
こんな私でも、やはり他の知らない店には入れません。
どなたか一緒に行きませんか(女性に限る)
[272] 新宿ゴールデン街  2006.7.2  23:28:55 

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店内はどの店もこの位の広さ、5,6人ほどで満席、
トイレに行くには途中の人に立ってもらう。
以前は恐怖のしゃがみトイレだったが、洋式になっていたので嬉しかった。マスターは朝までに出来上がる。

[271] 新宿ゴールデン街    2006.7.2   23:12:25   

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ゴールデン街の路地、数軒おきに向こうにいける近道がある。

[270] 新宿ゴールデン街 2006.7.2  23:07:54  
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ゴールデン街ってこんな所、私も全部歩いた事ないがゆっくり歩いてみたいと思っている。




日本書紀勉強会

令和2年9月20日8日(日)晴れ


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教科書や資料がどっさりあってとても重い


今日は午後から恵比寿で日本書紀の勉強会に出席した。
段々盛会になって今日は20人以上いた。
今日勉強した所は欽明天皇の巻

欽明天皇は任那復興について詔を何度も遣わしましたが
のらりくらりといい加減なことを言い、嘘をつくんですね。
今も昔も朝鮮人の性質は変わらないんですね。
我々高潔な大和民族の御せる民族ではありません。
放置でいいでしょ!

ところで2013年に日本書紀の韓国語訳が出版されたそうです。
まだ彼らは気がついていないようです、そのうちに気がついたら
又も発狂して歴史の捏造だと騒ぐでしょうね。

今日は渋谷駅から恵比寿の会場まで往復歩きました。
今日の歩数6423歩4,3㌔
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途中昔東急の高架線路跡だった土地に施設が建っていますが、
なんとすべて英語です、日本人は目じゃない!

帰りに明治通りを通り、今夜は何食べよう、そうだ牛タンだわ。
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「ねぎし」の牛タン、とろろ汁掛け麦ご飯、生ビール
1,750円也

シニアナビ過去記事(255~265)「赤坂、老舗料亭「金龍」」

[255] 赤坂、老舗料亭「金龍」 2006.6.24  17:10:31   
18/6/24(土)どんより晴れ

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玄関内部、金龍では6月1日から夏バージョンの建具になる、
それは従業員にとって、大変な作業だった。
左側の照明は鉄で出来ていて、幾多のお偉い方々の頭をごっつんさせたか

午後から、娘と赤坂、金龍に行ってきた。
娘にとっては始めての本格的なレトロな(いけない、古典的な)日本建築だった。
もうこんな素晴らしい日本建築は見ることは出来ないかもしれない。

私にとっても、田舎の庶民育ちだから、まったく縁のない建築物だ。
今まで、一流の人物だけが享受していたものを、じっくり見せて頂き感激した。

営業していれば、本当に縁の無い建築だった。
あぁあ、私が金持ちで、広い土地を持っていれば移築したいもんだ。
もう二度と作れない建築物。だんだんこのような建築物が失われてゆくんだ。

拙い写真で少しご披露しましょう。


[256]「YKK」御用達の部屋 2006.6.24  17:34:12   

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ご存知(えっ知らない)「YKK」御用達の部屋、
「YKK」がご来店の時は
付近には報道陣が詰め掛けて
大変な騒ぎで、
お帰りの時は仲居さんは裏口にご案内したそうだ。

床の間には棟方志功の絵、衝立には「信太郎」と署名のあるスケッチ、建具は夏バージョンの材料は何だろうか、細い茎のようなものでとても繊細で美しい、取り扱いに大変な注意を払ったそうだ。
座卓の下は掘りごたつになっていて、足が延ばせる。

「YKK]はカラオケが好きで、彼ら専用のカラオケセットを持ち込んでいて、部屋の裏に置いてあった。


[257] 棟方志功の掛け軸 2006.6.24  21:43:18   

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「YKK」御用達の部屋の床の間に掛けてあった、棟方志功の書。
点が一個多い、これには何かわけがあると言っていたが聞き漏らした。今度親友に聞いたら書き添えよう。(後記:道の部首のシンニョウ)


[258] 信太郎のスケッチ 2006.6.24  22:01:30   

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「YKK]の御用達の部屋の衝立に書いてあった「信太郎」と署名のあった絵。
親友の話だと有名な方らしいがよく判らない。
ネットで検索したら洋画家「鈴木信太郎」と言う名があるがその方であろうか。


[259] 夏の建具 2006.6.24  23:08:32   

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金龍では、着物と同じく6月1日には建具をすっかり取り替える。
とても繊細な作りでおまけに何十枚もあるので、一大仕事だったらしい。
終う時も一枚、一枚乾拭きして紙で包むそうだ。

いつも季節になると聞かされていたが、
今日始めて現物を見てその素晴らしさに感嘆した。
季節が終わったら仕舞う場所も無くてはならぬ。
しょせん庶民には無縁な物だ。
所で、これは何と言うのだろうか。

今日(6/30) 聞きましたら、「すど」と言うそうです。
それは「素戸」「簾戸」でしょうか、
材料は葦だそうです。

今日までの1週間沢山のお客様が見えて大変忙しかったそうです。
皆さん、焼き物より、建物が見たくて来た方が多かったそうです。
そして、異口同音に壊すの勿体無いと仰ったそうです。


[260] 大広間 2006.6.24  23:30:10   

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大広間、ここで30名~60名の宴会が催されたそうだ。
ここ、展示用に並べてある黒漆の座卓、
宴会時1卓に2名座るようセットしたそうだ。

細長くて座敷において書類を好きなだけ広げて勉強したいな。
無償と言うわけにはいかないだろうが欲しければ分けて貰えそうだけど、
どこにおく。


[261] 大広間 南側 2006.6.24  23:44:46   

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奥の白い衝立の障子紙の貼り方が面白い、
表、裏から互い違いに貼ってある。
今回は展示会の表示紙が貼ってあるので、よく見えないが。


[262] ついたて 2006.6.24   23:53:56   

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始めてみた障子紙の貼り方、昔からこのように貼っていたそうだ。


[263] 廊下の窓の竹組み  2006.6.25  10:43:53  
 
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この窓の向こうはトイレ、どーって事は無いけど


[264] 香炉 2006.6.25   10:46:36  
 
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玄関に良い香りを漂わせていた、別にどーって事は無いけど高価な物だそうだ


[265] 足乗せ 2006.6.25  10:56:19  
 
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年季の入った足乗せ、どれほどの人の足裏を知っているのだろうか、

私の思い入れでくどくどとご紹介しましたが、
私ってこんな物、こんな事に愛着を感ずるのです。
建築の知識があれば、もっと興味深い見方があるのだろうが
私の見方は所詮物珍しい、古い、誰某が愛用した、
失われ行く物に対する愛着でしかない。

失われていくもの、、、

興味のある方は是非行って見て下さい。

「金龍」の生き字引のような「○○」さんと言う方が居ますので(小柄な女性)
「さんごママ」から聞いてきたと仰れば、親切に案内してくれると思います。

私の脳はどの位劣化しているだろうか

令和2年9月16日(水)曇り一時晴れ


今日は循環器内科の受診日
可もなく不可もなく。
今日は曇りだったので新宿で地下鉄下車して歩いて帰宅した。
30分掛かった。
新宿中央公園前まで地下道を歩く。
歩数:4980歩3,3㌔

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地下道に鳩が群れていた、コンクリートを啄ばんでも何もないと思うけどね
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都庁
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反対側の住友ビル三角広場、最近空地だった周りの土地に
イベント広場を作ったらしい、建蔽率クリアしたのかな、
昔だったら早速どれどれと参上するんだけどね、もうね
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お出かけ
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今日のランチ、牡蠣フライ定食
クリニックの入って居るビル地下で
お腹空かないのに食べたので夕食は軽くね
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牡蠣フライ好きだからこんな立て看板見たら入ってしまうよ


帰宅後は溜った新聞を必死で読んでいるが、なかなか減らない。
読み応えのある記事が多いので読み捨て出来ないのだ。
尤も必死で読んでも頭には残らない。

私脳の検査したらスカスカだろうな、今さら検査して探ってもしょうがないけど、どんな状態か知りたい気持ちはある。



プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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