おてんば83歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

防人と歩む会

防人と歩む会12月例会のお知らせ


各位
11月の例会にご参加いただきました皆様、ありがとうございました。
12月の例会は通常の第4土曜日ではなく、第2土曜日となります。
お間違いのありませんように!

【12月の例会】
日 時:令和2年12月12日 15:00〜17:00
講 師:岡部 俊哉氏(元陸上幕僚長)
演 題:「国土防衛と災害対応」−日航123便墜落事故災害派遣の体験—
場 所:高田馬場FIビル 8F多目的ホール
    JR山手線・地下鉄東西線 高田馬場駅
    早稲田口 早大バスロータリー正面
講演会:会員:1,500円 35歳以下無料
            非会員:2,000円 35歳以下1,000円 高校生 無料
懇親会:3500円 高校生無料
詳しくはこちら…http://mamasango672.livedoor.blog/


フォーラム後講師を囲んで懇親会を行います


【葛城奈海と行く 熊野むすびの里・伊勢巡りの旅】⑤花の窟


【葛城奈海と行く、熊野むすびの里・伊勢巡りの旅】⑤花の窟(はなのいわや) 

二日目は朝6時半から大又川で荒谷先生の先導で禊が行われましたので見学しました。
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「むすびの里」を出てから、熊野灘に突き出ている獅子岩を見学して道路内陸側にある花の窟(はなのいわや)神社に参拝しました。
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これなんだったかな!
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大きすぎて全景が撮れない

花の窟は大きな岩で伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵だそうですが、ホテル備え付けの日本書紀現代訳を読んでみましたら、伊弉冊尊の墓は島根県あたりに葬られたとあります。
その前にある小さな岩が息子火神・軻遇突智尊の墓と言われているそうです。
いずれにしてもこの熊野辺りは記紀の本場です。

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古事記 紀伊国の熊野の有馬村に葬りまつる。
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日本書紀 出雲国と伯伎国との境の比婆の山に葬りき。
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クジラの刺身定食

その後海鮮市場で中食をとり、今夜の宿鳥羽駅すぐ傍の戸田屋ホテルに投宿しました。
戸田屋ホテル玄関
戸田屋ホテル玄関

戸田屋は創業190年の老舗宿ですが外観はモダンな洋館ホテルです。
とても広大なホテルで迷子になります。
臨海で海に面してプールもあって家族連れでにぎわっていました。
戸田屋温泉

温泉が沢山あって制覇するには1週間位滞在しなければならないでしょう。
料金はどの位するのか判りませんがいいホテルでした。
早速女子3人は温泉に浸かり至福の時を過ごしました。
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6時半から宴会になりましたが、食べきれないほどの御馳走でした。
宴は遅くまで盛り上がりました。

 日本書紀(奈良時代に成立した日本の歴史書)に、伊奘冉尊、火神を生む時に、灼かれて神退去りましぬ。
故、紀伊国の熊野の有馬村に葬りまつる。と書かれており、
『有馬』という地名はその時より登場します。
 その歴史の古さからも、この地域は特別な地であったことが伺えます。
 世界遺産となった『花の窟』をはじめ、その目の前には同じく世界遺産の『浜街道(七里御浜)』が、20数キロに渡って続き、熊野灘の美しい海が広がります。
 古き歴史の残る有馬の地をどうぞゆっくりと楽しんでみてください。
神々が眠る日本最古の地・花の窟
花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、
灼かれて亡くなった後に葬られた御陵です。
平成16年7月に花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されました。
花窟神社(花の窟神社)は日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれており、
古来からの聖地として今に続く信仰はあつく、全国から多くの参拝者がお越しになります。
花の窟では年2回、例大祭を行います。
神々に舞を奉納し、日本一長いともいわれております約170メートルの大綱を岩窟上45メートル程の高さの
御神体から境内南隅の松の御神木にわたします。
この「御綱掛け神事」は、太古の昔から行われており「三重県無形文化指定」されています。

2日目29日の日程
6時:起床
6:30~7時:大又川で禊(8名参加)見物
8時10分~8時25分~40分:飛鳥神社参拝
9時40分~11時:荒谷先生の講義
記念撮影
11時45分:むすびの里出発
12時:獅子岩見物
花の窟参拝
12時40分:出発
13時~13時40分:海鮮市場で中食
15時50分:戸田屋ホテル着
入浴
18時30分:宴会



【葛城奈海と行く 熊野むすびの里・伊勢巡りの旅】④  飛鳥神社 


29日、朝食後すぐ近くにある飛鳥神社に参詣しました。
この神社は境内の社叢全体が天然記念物指定を受けていて、
中でも四本杉は神とまつられて巨木です。
荒谷先生もここに物件を見に来てこの神社があることに感銘を受けられ縁を感じられたそうです。
大又川のすぐ傍なので古代人も住んでいたのでしょう。
むすびの里と飛鳥神社航空写真
むすびの里(上)&飛鳥神社(下)の航空写真
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鬱蒼とした社叢
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当社付近から弥生式土器などが出土しており、
この境内は古代からの祭祀跡であったと思われます。

当社の中にある、石丸形手水鉢は、文久2年(1862年)5月に伊勢山田村の松本勝左ヱ門によって寄付されました。
その高さは3尺8寸、直径は1尺1寸です。

社殿の中には鎌倉時代に作られた、大威徳明王像(直径15cm)
南北朝時代に作られた千手観音像(直径15cm)11面観音像(直径30cm)の懸佛が祀られています。

社殿裏にある四本杉は、祓戸四柱の神木とされ、その太さは8m以上あり、社殿横のアスナロと並んで、熊野市、南牟婁郡を通じて随一です。この四本杉を見るために、多くの方が訪れています。
熊野市指定文化財に指定されています。
約千年経った四本杉の堂々と立つ姿を見上げると、
怖いほどの迫力があります。
熊野市周辺には飛鳥神社が数社ある。
四本杉の飛鳥神社は、飛鳥町小阪。
大又川右岸に鎮座している。
むすびの里



【葛城奈海と行く 熊野むすびの里・伊勢巡りの旅】③熊野むすびの里 宿の周り


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むすびの里入口 集落の突き当りに位置する
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本館
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館内
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露天風呂 薪で焚く
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ヒノキと杉の浴槽、奉仕の方の手作り 緑豊かですが冬は寒いそうです。真中の六角形が上がり湯
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浴室からの眺め真中が大又川
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延々と続く宴会 夜は更けて
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赤丸印の中 クリックすると大きくなります




【葛城奈海と行く 熊野むすびの里・伊勢巡りの旅】②熊野飛鳥むすびの里 禊


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令和2年8月31日(月)晴れ 


大又川の清流で禊
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綱を頼りに降ります

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裏庭に山の神様を祭っています
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雌雄犬を飼っていて5匹生まれたそうです、
すでに4匹は貰い手(予約)があって、今は2匹のかわいい盛りの子犬が自由に飛び回っていました。

翌29日は5時に起床しました。
6:30分からすぐそばを流れている大又川の上流で禊が行われるので見学することにしました。
本当は参加したかったんですが女性用の禊衣装を買わなければならないし、川に下りるのは危険なので止めた方が良いと
葛城さんに忠告されましたので従いました。

むすびの里は集落の突き当りにありその場所に行くには農業用水の上を歩きますが狭くて怖い道でした。
6時半から始まるのは朝日の登る時間でもあったんですね。
行事の最中に山の端からまぶしく川を照らしました。
その様子を動画に撮って来ましたので是非ご覧ください。

その後朝食の後に図書館で荒谷先生の講義がありました。
三島由紀夫や自衛隊や世界情勢の話がありましたが、
私は二日続きの5時起きでもう我慢できない睡魔に襲われました。
皆さんよかった良かったと言っていましたのでとても残念でした。
図書館には沢山の蔵書がありましたが、
すべて荒谷先生の蔵書だそうです。
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むすびの里では周りの休耕田を借りて稲作もやっていますし、
収穫した米も売っていました。
休耕田は沢山あり借りてくれることは村人に喜ばれているそうです。
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むすびの里の本館前で 荒谷先生は真っ黒に日焼けして学究風情の百姓の姿でした。
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荒谷先生の思想行動に賛同する方を求めています、
登録すると1000円で宿泊できるそうです。
この施設は元地元のローカル紙の社長さんが社員教育の為に建てて運営されていたのを売りに出されていたので買い求められたそうです。そのままの状態で保存してくれることが条件だったそうです。ここ飛鳥の里は記紀の里でもありますので荒谷先生はこの場所に来た時啓示を受けたそうです。






プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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