おてんば84歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

旅(海外)

心臓不調


令和3年3月22日(月)どんより

今日は午後から久しぶりの園芸を致しました。
古い土に石灰を入れて再生しておりましたが、お彼岸も過ぎたので
花材だった枝に根が出たので植木鉢に植えました。
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花材だった綿花も種を蒔こうかと思いましたが、ネットでみると発芽適温が20~25度と高いので5月上・中旬が良いとありましたので
今日は止めときました。
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綿花栽培は以前したことがあります。
その時の種は昔タクラマカン砂漠のオアシスのチャリクリクで
宿泊して綿花畑から頂いて来たものです。
チャリクリクは綿花栽培がさかんでした。

鄙びた通りを歩くと妙な音が聞こえてきました。
それは綿をほぐすために台の上に乗せた綿花を棒で叩いている
音でした。
そう言えば思い出しましたが、子供の頃友達の家が
古綿の打ち直し屋さんで遊びに行くと物珍しく見ておりました。
綿埃がすごかった、
昭和20年代でも機械化していましたよ。


タクラマカン砂漠は2回行きました、
1回目は敦煌~チャリクリクまで山岳地帯をラクダで行きました。
チャリクリクから人民解放軍の車でコルラ、ウルムチまで行きました。そこから希望者だけで10日間カシュガルまで飛行機で
いきました。
地図2
クリックすると大きくなります

2回目は2年後にランドクルーザーで一周しました、
赤丸印が宿泊したオアシスです。

お誘いチラシ

2回目は私が発案して旅行社にお願いしましたが、客は自分で集めること(後記:最低6名、結局7名参加)になりました、これが一番大変で、賛同者の方が印刷関係の仕事をしていましたのでチラシを作ってくれました、当時パソコンのパの字も知らない頃です。このチラシをあちこち貼りましたが、効果はありませんでした、何しろ20日も仕事休める人はまれでしたから、

今日は一日中心臓が不調でした。
夕食にうどんが食べたくなりましたので買い物がてら散歩に行きました。
なんとか無事にやり遂げました。

隣のリフォーム工事がほぼ終わり家人がいましたので見せて貰い
ワインを御馳走になりましたら、
床暖のせいか酔いが回り又心臓がおかしくなり、
早々にお暇しました。
だから夕食は支度しません。

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今日の歩数4226歩 2,9㌔

シニアナビ過去記事(462)「帰国しました」


[462] 帰国しました 2007.6.13  22:11:30   
19/6/13(水)晴れ富士山見える

無事に帰って来ました。
なんだか疲れました(マッサージのし過ぎです)

成田からのバスの中で義母の病院から電話がありまして
もしかしてと心配しましたが、本人は無事でしたが、
帰るなり2度も病院に行くはめになりました。
男(息子・旦那)は何の役にも立ちませんね。

落ち着いたら、お馬鹿な旅日記を書きますので
ご覧になって下さい。


シニアナビ過去記事(461)「台北旅行」

[461] 台北旅行 2007.6.9  23:22:08   
19/6/9(土)晴れ、曇り、一時小雨


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「さんご」は10歳だ、どうこの安心しきった寝顔


明日から3泊で台北に旅行する。
今回も娘のプレゼント旅行だ。

娘はツアー観光とかがあまり好きで無い、
今回も夜店などのグルメ(B級)やエステやマッサージ三昧の
癒しの旅。

老いては子に従って、黙って後から付いて行こうと思うわけ。
と言いながら自己主張の強い私の事どうなるかは
保証の限りではない。

平成5年の12月末に台湾1週の旅をした事があるが、
格安の旅でも無いのにガイドのカモにされて、
殆ど土産屋巡りのようだった、

少林寺拳法見物だと言って 怪しげな漢方薬屋に閉じこめられたり、
偽ブランド店などにも連れ込まれた。

許せないのは、最終日の「故宮博物院」見物。
9時40分~10時55分の駆け足見物、
さぁさぁさぁと急がせるので飛行機の時間が無いのかと思ったら、
なんとそれから4店も土産物屋に連れて行かれた。

同行者は10人で皆ユニークな人達ばかりだったので、
こんなひどい目にあって黙っているような「玉」では無かった。
帰国してからそれぞれ苦情を申し入れたわ。

私などレポート用紙2枚書いたし、
わざわざ窓口まで苦情を言いに行った人も居た。

それかあらぬか、その会社(地球の旅)はまもなく倒産したけど
私達のせいではないよね。
ちょっと悪かったかなとは思ったけど。

それ以来中国人関係の旅はツアーでは行きたくなくなったし、
「故宮博物院」をもう一度1日掛けて見物したいなぁと
思い続けていたわ。

そんなわけで「故宮博物院」は外せない。
市内観光はパスして、博物院見物2時間のツアーと
「九ふん」(チョウフン)「十ふん」の一日観光はするが
後はぶらぶら街歩きする。

予報によると天気は曇りと雨らしい、
まっ暑いらしいからそれも良いかと。

行って来ま~す。


シニアナビ過去記事(405)「ただいま」


 [405] ただいま 2007.2.17  18:13:38   
19/2/17(土)晴れ

成田着12時55分(ジャスト4時間のフライト)無事に帰国しました。
昨年も風邪を引いて帰国しましたが、今回も風邪気味です。

昨日朝喉が痛くなり
今日の夜中は痰と鼻汁がよく切れなくて熟睡出来ませんでした。
今朝はついに頭痛がしました。
3時半起床です。
真っ暗な海の中を大干潮ですので船が停泊しているリーフの縁まで歩きます。
(後記:カオハガン行でこれが辛いのよね、大抵大干潮で朝日が昇る前にマクタン島に向かいます)


久しぶりに湯船に浸かり
あぁ「日本人でよかった」と何時もの事ながらしみじみ思いました。


シニアナビ過去記事 カオハガン島画像集


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私の泊まったロッジ

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カオハガン島の空撮
手前が「ポントグ」といわれる砂州でセブ辺りから
「アイランドホッピング」ツアー客が来て遊ぶ、
入島料は島民の福利厚生の為に積み立てられる。
この前日本人客が来ていたので聞いたら、
一人15,000円のツアーだって。
「高~~い」

島民は一日おきにみやげ物を売る。
奥は住宅密集している部落「ラウイス」   
なぜ密集して住むのか、それは職住接近、リーフに近いので
昔漁業が生業だった時は便利だった。
手前の過疎地は主に崎山さんが使っている、
小学校もあり言わば山の手だ。

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オランゴ環礁空撮、
オランゴ環礁はセブ島(セブ空港はマクタン島にあり橋で繋がっている)とボホール島の間にある。
まるで小宇宙のようだと思いませんか。
好きな写真です。
カオハガン島は環礁の右肩辺り2時位の位置にある、
環礁の中では2番目に小さい島だ。

満潮の時はセブの方(左)から環礁を突っ切って行けるので30分位で到着するが干潮だと手前をぐるりと回るので1時間位掛かる。


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島で一番大きな崎山さん所有の「アミハン」北東の風、
この船で送迎してくれる。
今回は満潮だったので岸壁から濡れずに乗れたが、
何時もはリーフの所までジャブジャブ歩くのだ。

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ロッジの中、
壁も床も竹で出来ている。屋根はニッパ椰子で葺いてある。
最近は社長(後記:工務店の)の都合に合わせて2月に行くので、
さすがに熱帯と言えども風が吹くと寒い。
それこそ上下左右から吹いて来る。
薬を飲もうとしたら2錠も床下に落ちたわ。

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木曜日の読売新聞、都内版にカオハガン島オーナーの崎山さんが
隔週で随筆を書いておられるが、昨日の記事で私が島にいた時、
マルコスと言う長老が亡くなり、
崎山さんもお通夜とオランゴ島で行われたミサと埋葬に立ち会われたが、その事を書いておられた、大干潮の浅瀬を渡る棺と参列者を後ろから撮影した。

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空撮の写真は熊切圭介氏の撮影です。
崎山さんと熊切さんは仲良しです。

最近訃報を知りました。
熊切圭介さん死去 前日本写真家協会長 

熊切圭介さん27日、誤嚥性肺炎のため死去、86歳。
東京都出身。葬儀は家族のみで執り行う。
喪主は写真家で長男の大輔さん。

オリンパスギャラリー東京で本日(10月23日)より開催!
カオハガン島、それはフィリピンのセブ島の南10 キロの
オランゴ環礁の中にある小さな島です。
私の友人でもある崎山克彦氏が1991年にその島を購入しました。
崎山氏が島民をサポートし豊かになった島の姿、
島民の暮らしを熊切圭介は
約20 年に渡って撮影を続けてきました。


しかし長年撮影をしてきた作品を被写体である島民の人々が目に
することができていませんでした。
そこで思いついたのが現地、カオハガン島での写真展開催です。
周囲2kmほどの島には、もちろん写真展会場などありません。

そこで現地の子供達が通う学校の通学路、通称「天使の小径」に
飾り付けることになりました。

小径に連なる木々にロープを張り、そこに吊るして展示した作品に写っている島の様子は現在とは違い、木々もまばらで今の子供たちにとっては見たことのない風景でした。

写っている人々は子供たちの両親がまだまだ若い頃。
そんな写真を不思議そうに、楽しそうに見つめる島民たちの表情は忘れることができません。


そんな「天使の小径の写真展」の様子を日本の皆さんにも体験して頂きたく、本写真展を開催致します。
展示は天使の小径のように木々に括り付けたような展示方法を
再現致します。
また当時の展示の様子、島の様子を息子である写真家の熊切大輔が写した作品と合わせて、カオハガン島の空気を感じて頂ければと思います。





プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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