おてんば83歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

旅(海外)

シニアナビ過去記事(405)「ただいま」


 [405] ただいま 2007.2.17  18:13:38   
19/2/17(土)晴れ

成田着12時55分(ジャスト4時間のフライト)無事に帰国しました。
昨年も風邪を引いて帰国しましたが、今回も風邪気味です。

昨日朝喉が痛くなり
今日の夜中は痰と鼻汁がよく切れなくて熟睡出来ませんでした。
今朝はついに頭痛がしました。
3時半起床です。
真っ暗な海の中を大干潮ですので船が停泊しているリーフの縁まで歩きます。
(後記:カオハガン行でこれが辛いのよね、大抵大干潮で朝日が昇る前にマクタン島に向かいます)


久しぶりに湯船に浸かり
あぁ「日本人でよかった」と何時もの事ながらしみじみ思いました。


シニアナビ過去記事 カオハガン島画像集


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私の泊まったロッジ

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カオハガン島の空撮
手前が「ポントグ」といわれる砂州でセブ辺りから
「アイランドホッピング」ツアー客が来て遊ぶ、
入島料は島民の福利厚生の為に積み立てられる。
この前日本人客が来ていたので聞いたら、
一人15,000円のツアーだって。
「高~~い」

島民は一日おきにみやげ物を売る。
奥は住宅密集している部落「ラウイス」   
なぜ密集して住むのか、それは職住接近、リーフに近いので
昔漁業が生業だった時は便利だった。
手前の過疎地は主に崎山さんが使っている、
小学校もあり言わば山の手だ。

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オランゴ環礁空撮、
オランゴ環礁はセブ島(セブ空港はマクタン島にあり橋で繋がっている)とボホール島の間にある。
まるで小宇宙のようだと思いませんか。
好きな写真です。
カオハガン島は環礁の右肩辺り2時位の位置にある、
環礁の中では2番目に小さい島だ。

満潮の時はセブの方(左)から環礁を突っ切って行けるので30分位で到着するが干潮だと手前をぐるりと回るので1時間位掛かる。


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島で一番大きな崎山さん所有の「アミハン」北東の風、
この船で送迎してくれる。
今回は満潮だったので岸壁から濡れずに乗れたが、
何時もはリーフの所までジャブジャブ歩くのだ。

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ロッジの中、
壁も床も竹で出来ている。屋根はニッパ椰子で葺いてある。
最近は社長(後記:工務店の)の都合に合わせて2月に行くので、
さすがに熱帯と言えども風が吹くと寒い。
それこそ上下左右から吹いて来る。
薬を飲もうとしたら2錠も床下に落ちたわ。

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木曜日の読売新聞、都内版にカオハガン島オーナーの崎山さんが
隔週で随筆を書いておられるが、昨日の記事で私が島にいた時、
マルコスと言う長老が亡くなり、
崎山さんもお通夜とオランゴ島で行われたミサと埋葬に立ち会われたが、その事を書いておられた、大干潮の浅瀬を渡る棺と参列者を後ろから撮影した。

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空撮の写真は熊切圭介氏の撮影です。
崎山さんと熊切さんは仲良しです。

最近訃報を知りました。
熊切圭介さん死去 前日本写真家協会長 

熊切圭介さん27日、誤嚥性肺炎のため死去、86歳。
東京都出身。葬儀は家族のみで執り行う。
喪主は写真家で長男の大輔さん。

オリンパスギャラリー東京で本日(10月23日)より開催!
カオハガン島、それはフィリピンのセブ島の南10 キロの
オランゴ環礁の中にある小さな島です。
私の友人でもある崎山克彦氏が1991年にその島を購入しました。
崎山氏が島民をサポートし豊かになった島の姿、
島民の暮らしを熊切圭介は
約20 年に渡って撮影を続けてきました。


しかし長年撮影をしてきた作品を被写体である島民の人々が目に
することができていませんでした。
そこで思いついたのが現地、カオハガン島での写真展開催です。
周囲2kmほどの島には、もちろん写真展会場などありません。

そこで現地の子供達が通う学校の通学路、通称「天使の小径」に
飾り付けることになりました。

小径に連なる木々にロープを張り、そこに吊るして展示した作品に写っている島の様子は現在とは違い、木々もまばらで今の子供たちにとっては見たことのない風景でした。

写っている人々は子供たちの両親がまだまだ若い頃。
そんな写真を不思議そうに、楽しそうに見つめる島民たちの表情は忘れることができません。


そんな「天使の小径の写真展」の様子を日本の皆さんにも体験して頂きたく、本写真展を開催致します。
展示は天使の小径のように木々に括り付けたような展示方法を
再現致します。
また当時の展示の様子、島の様子を息子である写真家の熊切大輔が写した作品と合わせて、カオハガン島の空気を感じて頂ければと思います。





シニアナビ過去記事(404)「「さんご」の故郷カオハガン島に行って来ます」

[404] 「さんご」の故郷カオハガン島に行って来ます    2007.2.11  22:27:42   

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私を待っている「カオハガン島」


明日から17日まで「カオハガン島」に行って来ます。

始めての一人旅、娘が大変心配しましてね。
まるで幼稚園児を一人旅に送り出すように
あれこれ手筈を整えてくれました。
娘は産んどくもんです。
いや もとい 育てとくもんです。

フイリッピンエアラインに電話してマニラ空港の配置図など
こと細かく書いてくれて、おまけに究極迷子になった時の為に
日本語と英語との対話編まで作ってくれました。

「トランスファーカウンターは何処ですか」とか
「国内線の出発階にはどうやって行くのですか」とか
「take me please」「連れてって下さい」とか

あっ言い忘れましたが娘は英語が得意なんですよ。

もう大丈夫ちゃんと行けますよ。

今回の旅から私は家の事は何一つ気にしない事にしました。
今までは旦那の事、犬の事、あれこれ気を揉みましたが、
もう後は野となれ山となれ、し~らないっ

明日は4時起きですから、もうそろそろ寝ますね。



 

シニアナビ過去記事(361)「ハワイの旅(帰国」

[361] ハワイの旅(帰国)2006.12.29  01:01:39   

ハワイ6日目朝

楽しかったハワイ。

出国検査の厳しい事。
まず、靴を脱いで靴を検査機にかける。
スーツケースは鍵を掛けてはいけない。
もし掛けていれば、壊してでも中を検査するが何の保障もしないし、鍵を掛けない為に窃盗被害にあっても保障しないと言う。

これが目的地が日本だから心配もしないが、
窃盗被害常習国に行くのだったら不安だろうな。
こんな事がまかり通るアメリカもすごい。

ところで飛行機は1名の空席も無き満席だった。

前日の事だった、
JALオフイスのあるホテルに2,30名の日本人おばさんの団体が
オリエンを受けていたので「なんの団体さんですか」と聞いたら、
昨日、今日に掛けて「韓流追っかけツアー」が2000名程入国したんですよ。との事、

その韓流スターは「パク・ヨンハ」
私は「韓流」とか「ヨン様」なんてうつつをぬかしている女性とは
お友達にはなりたくないな。

良かったぁ、重ならなくてもし重なっていたら、
ホテルも飛行機も予約取れなかっただろうな。

おまけに、帰国した日にハワイでは珍しい地震、大雨洪水で
一日中停電したらしい。
もし一日遅れていたら私達しばらく帰国出来なかっただろう。

運がよい。

パク・ヨンハなんて地震の時恐怖に震えて非常階段を駆け下りたらしいよ。

カイル・オノさんが言っていたな、
ハワイは羊羹のようなビルが多いが地震は無いのですかと問うたらば、「私の人生で地震は高校の時に一度だけ経験しました」と

今回の「ハワイ旅」全て娘が出してくれました。
私が出費したのは自分用のみやげ物と「さんご&もんち」のホテル代7泊分51,450円だけでした。

有難きかな。



シニアナビ過去記事(359)「ハワイの旅(マラサダはいかが)」


 [359] ハワイの旅(マラサダはいかが) 2006.12.28  23:53:41  12/12/28(木)晴れ 穏か
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マラサダ 6個で3ドル94セントだった


ハワイ5日目午後(18/10/12)

1時から5時まで「JALプログラム」でレンタル自転車を借りて
西に東に飛び回ろうと出かけた。1台5ドルである。

まずダイヤモンドヘッドに近いカパフル通りの「レナーズ」に
マラサダを買いに行く。
娘が大好きで、ハワイに来たら必ず食べるという。
これは出来立てでないと美味しくないと言う。
ママに出来たてを食べさせたいと何時も言っていた。

以前はカラカウア通りにあって行列の出来る店だったのに閉店して
今は辺鄙なカパフル通りにしかない。
店の構えは日本の出来立てパンを売っている店のような作り、
マラサダはポルトガル出身のレナーズ氏が始めてハワイで売り出したポルトガルの揚げパンである。
だからレナーズは老舗である。

フアフアした軽いそして中身はモチモチした不思議な食感。
中身にチョコやクリームを入れた物もあるが私達は何も入っていないプレーンを買う。

店外のベンチでまず1個食す、う~~ん軽くておいしい、
2個目、なんだか最後の後口が苦い。
日本にはこんなの無いかな、わざわざハワイまで食べに来るほどの代物ではない。
粉は多分単なる小麦粉ではないのだと思う。

それから、今度は西の方の「ワードセンター」まで炎天下を行く。
美味しいので有名な「ハンバーガー」があるらしい。
「クアアイナ」アボガドバーガーが美味らしい。
系列の店が東京にもあるらしい。
アラモアナセンターのさらに先だ。

日本でもそうだが娘とサイクリングすると私がとろいと怒る。
とろいと言ったって、自分の身の丈にあった走行をしなければ
危険じゃないの。

この時も何故か怒っていた。
到着した時は暑さと娘に付いていくのにへとへとになっていたので
1階の駐車場のベンチで「ここで待っているから買って来たら」と
言った。

大分待ったが来るなり「さっ、いこっ」と言って先に行く。
私は暑さよけの対策をして後を追う、入った出入り口に向かう。

居ない、何処をどう探しても居ない。
私は必死でもと来た道を辿る。
私はカード以外1セントも持っていないし、英語も話せない。
ダイヤモンドヘッド方向、超高層ホテルの林立している方向を目指して走った。

JAL窓口に自転車を返却に行ったら、15分ほど前に娘から母親が
迷子になったので探しているが見つからないと電話があったそうだ。

娘の携帯に電話したくても番号を知らないし、
JAL窓口は5時でクローズするそうだし、
さぁ困った。今度は母として娘が危険な目に遭うのではないかと
不安になる。

ホテルに帰り、フロントで日本語を話す人を出してくれと頼み、
事情を話し部屋で待つことにする。

程なく娘から電話があったが「腹の虫は怒っていたが、ここは納めよう」と努力した。
娘もそう思ったらしく、何事も無かったように振舞う。

娘「西も東もわからない老婆が迷子になって心配で店内放送を
  お願いしたがそんな事はしないと断られた」そうだ

私「何を仰る、私だって馬鹿ではありませんよ、ハワイ位で迷子にはなりまっせぇ~~ん」

件のハンバーグ、すっかり水っぽくなって不味く、
気分も不味く娘捨てた。
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哀れ、「クアアイナ」のハンバーガー、このままホテルの屑篭へ


一風呂浴びて、気を取り直して6時にトロリーバス(バス代フリー)で「アラモアナセンター」まで行き、
そこからタクシーで「アロハセンター」に行く。
なんとなく活気のないセンターだ、

お腹も空いたので何処にしようかなと思っていたら、
日本語で客引きされたので「香港海鮮大酒楼」に入る。

①海鮮焼きそば(沢山残した)
②海老チリ(まじっ)
③スープ(すっぱい)
④ピータン
もち、ビールも
計68ドル11セント(チップ込み)8291円也
味は、日本の中華ファミレス「バーミヤン」の方がよほど美味しいな。

タクシー(17ドル)で戻り、カラカウア通りを散策、
最後の夜を過ごす。
ハワイでは、金曜日の夜とて一段と賑やかだ。
屋台やいろんなパフォーマンスが繰り広げられている。

ふと、なんとなく聞きなれた音楽、新宿の路上でよく聞いた
アンデスの音楽「コンドルは飛んでいく」ではないか、
最近見かけないと思っていたら、ハワイに出稼ぎに来ていたのかと近づくと3人のメンバーで竹を組み合わせた楽器を演奏するメンバーだった。

路上マッサージ師が営業していたので娘と2人で試す。
私達、世界何処でもマッサージには目がないの。
まあまあ、ツボを抑えていた、10分10ドル+チップ2ドル払った。
彼はハワイ州の免許を所持していると証明書を展示していたが、
外人は肩こりしないと聞いた事があるが嘘なのね。
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カラカウア通りのマッサージ師、
ふざけながら、楽しそうに、遊んでいる








プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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