おてんば83歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

旅(国内)

清水港~箱根の湯~富士三昧


 令和3年1月18日(月)晴れ


今日は9時頃娘に起こされました。
『今起きたの!じゃあ無理か』
「なによ」
『これから静岡に行って海鮮料理を食べて箱根の温泉に行こうと思っているんだけど』
「行く、行く」
『じゃ小田急線の登戸に11時に来て』

私ってアクティブよねぇ!
食抜きだけど白湯を飲んで支度して排便を済ませて(これを怠ると生きた心地がしない)
10時30分には登戸駅に到着しましたよ。

ここから婿さんの車でまず清水まで行きまして婿さんがネットで調べていた海鮮店群の建物まで行きました。

ここは沢山の海鮮料理屋があります。
その中でも一番まずい店に入ったようです。
網火で貝を焼きながら食べるのを売りにしていましたので
私がここがいいと主張したんです。
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中を通り抜けると海
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タンク群の向こうに半ば雲を被った富士山が見えます
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桜エビと白魚は最近獲れないそうで、台湾産だそうです
一番美味しかったのは焼き牡蠣でした

それから三保の松原に行きました。
ここに昔特攻隊の訓練基地があったそうです。
そして三保飛行場と言うのもあります。
ちょっとみにはわかりづらい飛行場ですが、私は特攻隊の訓練をここでしたんだと思ったし、工事現場の警備のおじさんに聞きましたら特攻隊の飛行場だったと思うと言う。

しかし帰宅後ネットで調べたら全然関係ないことでした。
清水海軍航空隊は飛行機は持っていなかったそうですし、
ほとんど実戦まで行かないうちに解隊して終戦を迎えています。

そして三保飛行場は戦後設立されて災害時の特別な
離発着滑走路だそうです。
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滑走路 風向きを知らせる旗が立っています
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ここは釣りの穴場らしい富士を見ながら釣りですか
対岸は伊豆半島 
この海岸では波により減少した砂を補給する工事をしていました。
安倍川から採取した砂だそうです。
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清水灯台 1912年(明治45年)3月1日に設置
日本で最初の鉄筋コンクリート作りだそうです
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三保の地に清水海軍航空隊ありき、
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富士山が素晴らしい
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背中も丸いが腹はもっと出ている
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それからちょっと遅くなりましたが、
箱根湯本の日帰り温泉に行きました。
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小田急の系列かな
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入口
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構内

今年の正月に娘夫婦が行って素晴らしかったから
ママも連れて行くと言っていた施設です。
「箱根湯寮」と言いますが、公共の施設かと思うくらい
ゆったりした温泉でした。

婿さんは明るいうちに行きたかったと言っていましたが
日没後に着きましたので全体がはっきり見えませんでしたが、
素晴らしい施設です。
露天風呂も沢山ありましたので全部入って来ました。
もう身体髪膚ゆるゆるになりましたよ。

東京についてから夕食は食べられない(8時閉店)と
心配になり海老名サービスエリアで食事しました
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今夜の夕食、ネギラーメン、油濃く、塩濃くて
水が一番おいしかったわ、

ぜ~~ぶ婿さんの奢りでした。
ありがとうございます。
稼ぎのいい婿さんを貰って幸せでございます。

シニアナビ過去記事(419)「「鮟鱇鍋」はうまいか」、、」追画像あり


 [419] 「鮟鱇鍋」はうまいか、、2007.3.17  23:43:58
19/3/17(土)晴れ、寒風
  
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干物の数々、これで〆て7000円也
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平潟の町、平潟は三方を山に囲まれた漁港です。
そして温泉があり魚市場がありますので、新鮮な魚が給されます。
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岡倉天心が読書と思索にふけった「六角堂」の内部
汽車の時間まで1時間もありましたので、「岡倉天心」に
ついて改めて勉強しましたよ。

要するに天心は「横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山」等
そうそうたる後の大家の若き頃のパトロンだったわけですよね。
ところで、彼はどうしてそんなにお金持ちだったのでしょうか。
父親は福井藩の命で生糸貿易を営んで居たそうですが、
自営じゃないわけで、その事業で財をなしたとすれば、
不正をなしたと言う事になりますよね。
天心の墓
岡倉天心の墓(分骨)
道路の土手を穿って階段を付けた、まるで見せ物のような墓
六角堂
六角堂からの太平洋の眺め、
天心はこの海を眺めて思索に耽ったそうだ、
私も海を眺めるのは好きだけど、
思索に耽るとは「見れども見えず」の心境かしら
天心邸
岡倉天心邸 
五浦は文字通り足指のように岬が海に向かって飛び出ている、
確かに浦が5個程ある。その中指あたりに天心邸とその岬を
下った所に六角堂がある。

明治36年に邸宅と六角堂を天心自ら設計して建築したそうだ、
当時の半分の規模になっているそうだが現存しているのが
当時のままだろうか。
私は古い建築の歪なガラスが好きだが面影はあった。
この一帯は天心から受け継いだ遺族から茨城大学に寄贈された。



平潟行きの1泊2日の汽車の旅、なんだか長旅したような虚脱感。
上野発14時の大津港駅直通、久しぶりの汽車の旅も良いもんだ。
宿も聞いていた程ではなくて民宿と言うより旅館と言える
程度であった。

温泉も高温の本当の掛け流しの温泉だった。
私は多分鉱泉だろうと思っていたのだ。

いよいよ、ご期待のあんこう鍋。
まず、前菜と言うのか色々出てきたので、
私は出てきたものは片っ端から食べる主義なので食べていたら、
すでに腹八分になりかかっているのに
「ほうぼうの生き作り」を主役にした刺身の盛り合わせが、
これがとても2人前とは思えない6人前くらいの量なの、

それから主役の「鮟鱇鍋」が出来上がった頃にはもううんざり、
食べる事ってこんなに辛いものなのって思った。

なんだか、我ながら意味がわからないが物悲しくなった。
食べ残す行為にか、、思ったほど旨いと思えなかった事にか、、

悲しくなって座ってられなくて寝転んだ、
寒かったので石油ストーブの前に足裏を向けて
娘とハの字型に寝転んだ。

そこへ女将さんが来て
「もうすぐアンキモが来ますからね、期待して待ってて下さいよ」
と言った。

もう、私達の胃袋の許容量は越えているよ~~
「辛かった~~」
「とても食べきれないです」と言ったら
「皆さんそう仰います」ですって、
私は出された物はきれいに食べる様に躾けられているので、
食べ残す事が罪悪に思えるのです。

「鮟鱇鍋」生まれて始めて食べるのか、食べた事があるのか
自分でも定かではない、
多分生まれて始めて食べたとして、胃の許容量を越えていたので
なんとも言えないが、世間様が美味しいと仰る意味がわからない。

多分私の味覚が老化しているのかもしれない。

数年前、新宿歌舞伎町で生簀で生きている「ふぐ」を食べさせる
店があってその時食べたふぐは「ふぐってこんなに美味しいの」と思った。
だから「鮟鱇」も未知の体験が出来るのかなって
期待が大きかった。

帰りのタクシーのドライバーに聞いてみた。
「鮟鱇鍋って美味しいですか」
「あんな物、旨くはないよ、テレビなんかが宣伝しすぎだよ」
ですって。
安心したわ、私だけがおかしいんじゃないのね。

ところで、干物は色とりどり買って来ました。
今夜は鯖とサヨリを食べましたが、美味しかったです。
特に鯖は油が乗って最高でした。
私は旨い鯵の開きが食べたいと思っていましたが、
もう鯵は終わったそうですが鯖も充分満足しました。



シニアナビ過去記事(418)「あすは平潟あたり、、」


 [418] あすは平潟あたり、、 2007.3.15  21:56:53   
19/3/15 (木)晴れ

今日も税務署に行きましたよ。
あそこに行くと大好きなパソコンで遊べるのよ。

それは冗談、いよいよ180万の一角に取り付こうと
最後のあがきをした。
でもよく考えてみたら、17年度は確定申告してないの。

一応、無収入なわけで区役所に寄って国保と介護保険の掛け金を
聞き出して乗り込んだ。

やおら、パソコンに取り付いて係員に質問したら、
確定申告していないのだったら、
今日でなくても5年以内に申告すればいいので、
全部の資料を揃えて後日お出でなさいと言うの、
この金額だったら10万以上の還付がありますよだって、

後日完璧な資料を揃えて行く事にした、
なんせ税務署大好きになったから。


パソコン教室で、最近買ったATOKの挿入がうまく行かなかったので現物を持ち込んで習った。

練習に挿入したソフト、削除しますかと言ったら、
いえそのままで良いですよだって。
最新のだよ。

帰り道、義母の住んでいるケアハウスから電話、
義母、廊下に倒れていたそうで、39度の熱がありますが
どうしますかと、入院させた、今度は特別室の1人部屋だ。

終わって、ふと気がつくとお腹は空いているし、
ぐったりと疲れている。
もう夕食の支度なんて出来ないよ。
旦那に自分で何とかして下さいと電話して
私は娘と「バーミヤン」で中華を食べた。

頭も重いし、腹具合も悪い。
一連の疲れがどっと来たようだ。

所で、明日は「パトラッシュ」さんのお奨めの(すすめてないか)
北茨城にあんこう鍋を食べに行く。
午前は恵比寿で仕事を1件こなして1時に新宿に待ち合わせ。

上野から常磐線特急で1時間50分、
交通費は2人分往復で20800円、
宿は一泊10,000円だ。

66,000円も還付された事だし、私も太っ腹、
「ハワイのお返しに奢るわ」と言ったらば、
「ハレクラニ、1泊6万だけどぉ」と返された。

平潟辺りは五浦や勿来など見所があるようだけど、
今回はあんこうと干物だけをゲットしたら即帰る。
お土産の干物が夕食に間に合うようにだ。

H美さん、Tさん期待していてね。
(後記:H美さん、Tさんとは誰ぞ?)


鎌倉見物 若宮大路、小町通り


鶴岡八幡宮を見物してから、
かの有名な小町通り、若宮大路を散策しました。
コロナ騒ぎはいずくとばかりの賑わいでした。
個性的な店が沢山あって楽しい通りでした。
まず小町通りから

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まず喉の渇きをいやし、疲れを取る
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わずかばかりだけど円を落とす
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小町通りに面してなくてもわずかに面していれば客は引っ張れる
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入ったことないけど最近猫や犬カフェが多いですね
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豆しばカフェだって、子供の頃柴犬を飼っていました、
娘は柴犬がすきですね。
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マスク屋さんが増えました、閉店している店舗も多いので
マスク屋で起死回生を図るのかな
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招き猫屋 木目込み猫は珍しい
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猫だらけ
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鎌倉駅
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若宮大路
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リキシャもいるよ
支那にいた戦前はリキシャが交通手段でした、
帰国して下関で人力車を見て「お母さん、日本にもリキシャがあるのね」と標準語で聞きました、外地では皆さま標準語を喋ります。
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三河屋本店 古い商家です、隣接して格式のある自家があります
梁を見てください、幅広の木材です
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こちらも古い商家です、やはり隣接して風格のある自家があります
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鎌倉巡り終わり
なるだけ元気なうちにゆっくり再訪したい。


鶴岡八幡宮と七五三


 令和2年11月13日(金)晴れ

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次に鶴岡八幡宮に参詣しました。
鶴岡八幡宮はまさに鎌倉の中心なんですね。

鎌倉は見どころ満載で一日二日では回り切れませんね、
それこそb&b辺りに泊まってゆっくり回りたいですね、
でも私も高齢だから車でないと無理でしょう。
それこそアッシーがいればいいけどね、私が金持ちばあさんだったら大学生あたりのアッシーを雇って回りたいですけどね。
もうすでにして遅い!

八幡宮は七五三の衣装を着た子供が沢山いました。
それを大きな高級カメラで撮っている男性がいましたが仕事でしょうか、趣味でしょうかね。
私はこっそり撮ったのでボケボケでしたが、
彼は断って構えて撮っていました。

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屋台もソーシャルディスタンスを守っていますね
言語植民地の日本はこの度のコロナ騒ぎでも
新しいカタカナ語を量産しましたね
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菊花展
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この菊が皇室の御紋章の菊だそうです、
本来20弁ほどある花弁を16弁に程よく摘むそうです
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茅の輪くぐり、整理券を貰って並びましたよ
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本殿は階段上、眺めよし
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眺めよし、天下を取った気分はこんなかな、
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村田さんの大好きな明治天皇天覧の処です。
明治6年4月15日にこの大臣山にて
我が国陸軍初の天覧野外演習をご覧になったそうですよ
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池の中に橋を渡って旗上弁財天に参る
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可愛い、ちゃんと草履履いてるよ
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大人気、ハーフは得よね、
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男の子も
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靴に履き替えたよ
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ブログ書くのに夢中になっていましたら、
はっと気がつけば4時30分でした、
落日は4時15分頃から始まるのです、残念!

夕食の支度前に散歩に出ました。
今日の歩数4030歩 3㌔
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今日は昨日の鯛の刺身で鯛めしに挑戦してみました。
鯛めしとか鯖めしの類はみただけで多分不味いだろうなと判るので
好きではありません。
栗原はるみの土鍋で焚くレシピで忠実に作ってみました。
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昆布が野菜昆布しかありませんでした、柔らかい
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出来上がり 焦げた
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今日の夕食、モヤシが買ってあったのでパソコンで勝手に表示されるレシピでチンして作りました。
そんなに美味しくはない。
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今日のお昼、残り物を無駄なく食べる主義だから
でももういいや




プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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