おてんば86歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

村田春樹

村田春樹



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今日7月8日午前11時31分に西大寺駅前で献花黙禱し
東京での追悼集会に向かう新幹線車内で書いている。

今朝三笠霊園内の慰霊碑(留魂碑)に献花してきた。

報道陣に囲まれ、質問に応えて概ね以下の通り発言
「(どこから来た?)埼玉県から来た。
(なぜ遠くから?)
戦後最大最高に偉大な政治家の死を心から悼み
哀悼の誠を捧げに来た。

(碑の前で何を思ったか?)安倍晋三首相を喪い
その後政治状況は悪化の一途、霊前に額づき慚愧に堪えない。
保守政治家はどの面(つら)下げて参拝するのか。」

(この碑は現場から遠いが?)
「地元自治体の気持ちもわからないではないが、
現場に建立できなかったのは残念だ。

東京駅には暗殺された浜口雄幸、原敬のプレートがある、
リンカーンには記念堂あり、JFKは空港名に遺る。
同じくらい偉大な安倍晋三首相の慰霊碑が現場にも建立できなかったのは遺憾の極み。」

私はテレビ局のインタビューには何回も応えているが
まず放映されたことはない。そりゃわかる。
メディアの意に沿わない発言ばかりしているから。
今回も「没」に決まっているのでここに記しておく。

その後西大寺駅前へ。
献花の大行列に並びかろうじて1131に間に合い黙祷。
行列に90は越えている老夫婦がいたわり合い
やっとやっと歩いて献花していた。
この老夫婦、安倍晋三首相の著書も講演も知らないだろう、
しかし安倍晋三首相が我が国を救おうとしていたことを
この老夫婦は 本能的にわかっていたのではないか。
などと勝手に思いつつ、喧騒の西大寺駅前をあとにした。
合掌。


私も行きたかった!!


新大久保と言う朝鮮


令和5年6月24日(土)晴れ

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こうして大荷物を持って暮らすのも大変だろうな
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朝食
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昼食

今日は午後から忙しかった。
2時から4時過ぎまでマンション管理組合の総会に出席。
結構意見を述べた、
特に宅配ボックス設置について執拗に迫ったわ。

終わってから早稲田に飛ぶ、
山手線新大久保は正に朝鮮でした、新宿も混雑していますが、
秩序があります、ここは混とんとしています。
横町に小さな神社がありますが、
手を合わそうと言う気にはなりません。
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一般民家が本殿です
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実は前からの宿題があった。
村田さんの本「三島由紀夫が生きた時代」に森田必勝さんの
件が出てくるんだけど、
森田さんは早稲田の学生時代に昔十二社(じゅうにそう)と言っていた現在の西新宿に住んでおられたのだ、
現在の私のテリトリーである、

それでその本を頂いた時に地元の図書館に行って
昭和40年代の住宅地図はないかと問い合わせました。
なくて、中央図書館にはあると思うとの答えでしたので、
行ってみようと思いながら何年か経ちました。

8月に森田さんの足跡を訪ねる北海道愛国ツアーに参加するので
懸案の宿題を今果たそうと思ったわけです。

電話しておいて行ったせいか待ち構えていたような体制で男女職員が懇切丁寧な応対をしてくれました。コピーも取ってくれて失敗したら私がお金払います、なんていうの。
そこで相手してくれた男女二人(程よい中年)に
三島由紀夫氏と一緒に自害した森田必勝さんを知っていますかと
聞きましたら二人とも知らないと言います。

森田さんの住んでいた辺りの地図は端っこで見辛くちょっと
辛いものがあります。
2枚コピーしてはぎ合わせてみました。

なんと私が長男を出産した産院の同じ番地でした。
千葉医院(男の様な女医さん)
入院時窓から見ると道路反対側で大工事していました。
何の工事だろうと思いましたら、
それは新宿中央公園の造成工事でした。
昭和42年8月のことでした。
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十二社住宅地図昭和43年
十二社住宅地図昭和43年 十二社316
十二社住宅地図昭和43年 十二社316 小林荘、千葉産院
この辺りで昔親が商店をやっていたと言う方にこの辺りに小林荘と言うアパートがあってそこの学生が事件を起こしたと騒がれたことが無いかと聞いたことがありますが、時代が違うんですね
知らないと言う。

帰宅途中京王に寄り、清月堂でうな丼を頂きました。
今朝テレビで三島市の鰻が美味しいと放送しておりましたので、
そうだ、年に1回位は値段を気にしないで美味しい鰻を食べたいなと思いました。
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旨い 少し軽い、2618円
三島の名店は一人前1万位します。
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帰宅したら落日後でした

今日の歩数は9379歩




村田春樹氏の好きな沖縄出身の艦長


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村田春樹氏は物申す



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 「死なないうちに鞭を打つ」古代ローマの格言に
「死んだライオンはウサギにすら侮辱される」とある。

昨今死んだ芸能界のオカマライオンを、
よってたかって侮辱しているようだ。
国会で立憲共産党の議員が追及しているそうだ。
誰に責任があるのかなあ。

ハリウッド女優はプロデューサー・監督に良い役と引き換えに
肉体を求められていたそうだ。
一種の常識だったそうである。
しかし最近になって老女優が騒ぎだし
♯me too なる運動に発展した。
当時はそんなこと(役と肉体の交換)を承知のうえだったのでは
ないだろうか。

原節子も「永遠の処女」などとはとんでもない、
監督から監督を渡り歩いていたそうだ。
今さら何を言っているの。
と女優の卵には全く縁の無い私などぼやく。

今回の騒動ではおかまが♯me tooと言い始めないのだろうか。
今さら大手新聞も書き始めている。
ウサギですね。ほっとけば良いのだ。
不思議なのはLGTB法案を推進している議員が、
我こそはオカマの味方!と叫んで尻馬に乗ら(あ、まずい)
ないのだろうか。

死者に対しては礼をもってする、のは洋の東西を問わないらしい。
日本でも死者に鞭打つことは紳士武士の振る舞いではないと
言われる。

死者に鞭打つどころか墓を暴いて遺骸を辱めるのはシナ・コリアの
お家芸であるが日本にはそんな風習は入ってこなかったようだ。
どんな凶悪な犯罪者でも絞首台から下ろされると、
刑吏は脱帽して深々と低頭する。
シナでは温かい内に内臓を取り出されてしまう。

数ヶ月前業界で著名な自称右翼尊皇家の某氏が亡くなった。
某氏は外国人参政権に賛成、原発には反対、
辛叔玉らと「のりこえネット」なる団体を結成。

和歌山カレー事件の林真須美を支持「オウムは国の宝」発言、
中国人監督の作った反日映画「靖国」を愛日映画と称賛、
「コーブ」という反捕鯨映画も称賛したり、
いやはやひっちゃかめっちゃかな奴だった。

しかし死んでしまったのだから、死者に鞭打ってはならないので
敢えて「某氏」として一言書いておく。
私は某氏を学生時代から知っている。
彼の軌跡を遠くから見てきた。
対話したことも酒を酌み交わしたこともない。

学生時代から大嫌いだった。
その後60過ぎて業界の集会で顔を合わせると、
向こうは私に挨拶しようと近づいてくるが私は避けた。

十数年前中野サンプラザで日本○○学会主催で
彼の講演があり聞きに行った。
内容はくだらなかったが終始基督暦を使い、
それが余りにも耳障りで(彼は著作も全て基督暦を使う)
煩わしくてたまらず、
終わって質疑コーナーで私「先生はなぜ基督暦ばかり使うのですか」と訊いたところ彼は鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして(ふだんからそんな顔をしていたが)
「便利だからですよ」と一言。
唖然とした。

終了後古老の西正昭氏が日本○○学会の会長に
「なんだこのくだらない講演は!わしはおたくの正会員年間○○円も払っているのに、こんなもの開きやがって!金返せ」と叱りつけ、
会長は巨体を小さくして恐縮するのみ。
私は溜飲を下げたものである。

元号を一切使わず基督暦専門、これだけで彼の話しを傾聴する価値などないことが分かる。

故大江健三郎は「憲法九条は人類の宝」だと言っていたそうだ。
彼がどれほど難解な文章を捏ねくりまわして、人間の本質深淵を語っても、其の人間性への洞察は女子中学生のそれを一歩も出ていない。

「人類の宝」発言で全てが分かる。
某氏の「基督暦は便利」発言も同じである。

某氏は一日一冊を心がけて書物を大量に読んでいるそうだ。
しかし私は彼の著作を読んでも講話を聞いても、
その裏に厖大な知識と思索があったことなど全く感じられない。
それどころか殆どなにも教養を感じられないのだ。

私も無学文盲頭は空っぽだが、業界人の講演を聞いていると
「変だな」とか「あ、まちがっている」とか「この講師今日は準備不足だな」とかもっとひどいと「荒唐無稽」「嘘で聴衆を騙して喜んでいるな」とか感じる。

著作を読めばその作者の背後に厖大な古典があることも
感じられる。
しかし彼には全く何もないのだ。
ありがたがっている人の気が知れない。
それはさて措き、死者に鞭打つのはよくない振る舞いで
あるらしい。

従ってこのたび「死なないうちに鞭を打つ」ことにした。
棺桶に片足突っ込んでいる奴らの悪口を、
まだ息のある内に本名を挙げて悪口を言おう。
第一回は河野洋平(86)である。
乞うご期待。
河野洋平





近現代史勉強会第1回目 動画









プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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