おてんば83歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

仏事、神事

シニアナビ過去記事(416)「怒涛の一日」


 [416] 怒涛の一日 2007.3.12  22:09:37   
19/3/12(月)晴れ 暖かい

4時起床
長崎行き~羽田空港:7時47分発~長崎空港:9時28分着
   ・
佐世保にて葬式参列
   ・
羽田行き~長崎空港:19時20分発~羽田空港:20時30分着

大正7年生まれの叔母さん、会葬者15名ほどのお葬式だった。
それでも叔母さん世代は兄弟が多いので甥、姪が沢山いるわけで、
これからの世代は高齢で亡くなると寂しいお葬式になるわけですね。

カメラを忘れてとても残念だった、
雲仙普賢岳を左手にまじかに鮮やかに見下ろした時は悔しかった。

わずかに噴煙を上げている異様な山容、それから広がる溶岩の
影響を色濃く残す扇状地の有様、もう二度と無いシャッターチャンスだったろうな。

帰りの長崎空港で久しぶりに本場の「ちゃんぽん」を堪能した。
10時前に無事帰宅した。
又明日から怒涛の日々が始まる。



三回忌法要


令和2年10月25日(日)快晴


DSC04936
朝早く起きたら西の空が朝日に輝いていました
DSC04941

DSC04945
お寺の庭で

今日は旦那の三回忌法要を致しました。
檀家寺で家族4人だけのささやかな法要です。
親友やさんご、もんち達も一緒に懇ろに供養して頂きました。

すがすがしい気持ちになります。
息子たち夫婦が率先してやってくれるので頼もしいですね。

DSC04950
終ってからのお斎は例のインド料理店のアジアンパームです。

DSC04951
今日は雲一つない青空でした
DSC04970
我が上空を飛びます、大抵の方々は反対していますが、
私は賛成です ANA機だな

DSC04959
もうすぐダイヤモンド富士が見られますが、
いい天気だといいんですけどね、
DSC04975
カレーもやっと終わって、もうしばらくはいいわ!
DSC04985
これから散歩

夜は残り物を食べましてから散歩に出ました。
いつものコースです。
このコースが飽きないで安心して歩けます。
今日の歩数5034歩 3,5㌔

DSC04981
お月様が半分位大きくなって



お彼岸の墓参(追画像あり)


令和2年9月22日(火)秋分の日


DSC04058
略式で

DSC04063
DSC04064
お寺の境内で綺麗な花の前
今日は息子夫婦と娘の4人で墓参りに参りました。
大分前に息子から彼岸の墓参りはいつ行くかと電話があった。
私は育ちのせいかそのような行事にあまり頓着していない。
いけないですね。

お嫁さんが育ちがいいのでそのようなことをきっちりと躾けられているのでしょうね。
尤も息子もこんな親に育てられたのに、そのようなことはかなり気掛けていると思っていました。

私は両方の親からそのようなことをあまり見習っていません。
実親の元は高校卒業後家を出たし、義母は法事の類をしたことがありませんので、どうして法事をしないのか聞いたことがありますが、
ものすごく怒られました。
「私は戦後二人の子供を育てるのに精一杯でそんなゆとりはなかったのよ」と

尤も元気な時は二人の妹と墓参りには行っていましたが
私は誘われたこともありません。
そんなわけで私は先祖供養も意に会しない人間になって
しまいました。

息子は嫁さんがしっかりしているから大丈夫だけど娘が心配だわ。
親がやって見せなくては子孫に伝わらないのよね。

お寺さんは今日は彼岸の合同法要で沢山の方が参加していましたが、私達は納骨堂とペット納骨堂にお参りして
それだけでお暇しました。
もっとも法要に参加した方が頂けるお斎の弁当を人数分ちゃっかり頂いて参りました。
夜の食事にします。
DSC04065
ランチはバイキングです、ナンが美味しい

そのあと4人で食事をインド料理店の「アジアンパーム」で
致しました。

法事と言うのはめったに会えない親族が集まる良い機会ですね。
もう親族も少なくなりました。
私の子供の頃は周りに親族が一杯いましたけどね、
少子化の影響でいろんな昔からの行事もすたれるのでしょうね。

10月27日は旦那とモンチの三回忌ですので法要の予約を
お願いして参りました。

夕食は食べないつもりでしたが、頂いたお斎の弁当と昨日の残り物を食べましたら苦しくなってそうだ夜の散歩に行こう!
いつものコース、都庁周りを約30分 歩数:4387歩2,9㌔
DSC04067
昨日の温スープがまじい!まだ残っている

DSC04073
こんな格好で散歩に行きましたら、台風が近づいているせいか風が冷たくて寒かった、数日前の猛暑からもう秋ですか!
DSC04076
DSC04080
DSC04084
新宿中央公園内
DSC04085

DSC04090
9時45分に見ましたらブルーになっておりました。



「通州事件」日本人よ1000年語り伝えよ!


にほんブログ村

令和2年7月29日(水)曇り一時小雨

祭文
祭文 クリックすると大きくなります
IMG_20200729_0010

DSC02877
靖国神社にて
喪服
数年前に平服で出席したら恥ずかしい思いをしましたので
今回は礼服で出席致しました。

今日は午前パソコン教室
午後2時から靖国神社にて催行された通州事件慰霊祭に出席しました。

支那人による獣の如き日本人虐殺事件です。
到底人の行いとは思えない、日本人のメンタルにはない行いです。
彼らは根底にこんな獣の心を持っていると思います。

自分たちも普通にやるから日本人もやるだろうと南京大虐殺なんてありもしないいいがかりをつけるのでしょう。
こんな民族と到底仲良くは出来ませんね。
能天気な日本人は支那人の本質をよく見極めましょう。
東京日日新聞(後の毎日新聞)通州事件の記事[1]

東京朝日新聞_通州事件の記事[1]

アメリカ人記者​証言
当時中国を取材していたアメリカ人ジャーナリストフレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズ(Frederick Vincent Williams)は
1938年11月にBehind the News in Chinaを刊行し以下のように報道している

日本人は友人であるかのように警護者のフリをしていた支那兵による通州の日本人男女、子供等の虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。
それは1937年7月29日の明け方から始まった。
そして一日中続いた。

日本人の男性、女性、子供たちは野獣のような支那兵によって追い詰められていった。
家から連れ出され、女子供はこの兵隊の暴漢どもに暴行を受けた。
それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。
ひどいことには手足を切断され、彼等の同国人が彼等を発見したときには、ほとんどの場合、男女の区別もつかなかった。

多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。
水は彼等の血で赤く染まっていた。
何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。
支那兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。



フットワークの軽い女


にほんブログ村

令和2年7月25日 (土)曇り一時小雨



今日は忙しかった。
12時から息子の呼びかけでお盆の墓参りに行った。
娘も在宅ワークでほとんど家にいるのでこっちも身軽に参加する。
私は恥ずかしいほどその方面は無頓着だ、お嫁さんが良い家の育ちなので息子も感化されて先祖を大事にする。
終ってからオペラシテイのすし屋でお斎(おとき)にする。
DSC02825
オペラシテイ53階 中野方面(北方)
DSC02827
朝食が遅くてお腹が空かないので鮨の一番軽いのにしました
息子の奢りです。お腹一杯になりましたので夕食は絶食します

その後家で寝巻に着替えてゴロゴロしていた5時頃同志から電話があり、6時半からコンサートがあるから六本木のサントリーホールに来ないかと言う。
その彼女に渡したい物があったので行くことにしましたよ。

それから支度して路線案内を印刷して6時15分頃には着きました。
私ってフットワークが軽い!と我ながら感心しましたよ。
DSC02835
サントリーホール、
並んでいるのはコロナ対策ではなくてプログラム配布要員です。
でもホール内では厳重でした、私が同志とマスク外して話していると注意されました

3人同志がいましたが、このコンサートの詳しい内容は誰も知らないのです。
愛国同志が一人出場するのでお付き合いしたらしいです。
正式に音楽教育を受けている方が多いのですが、素人も混じっています。

「ありどおろ」コンサート(オペラアリアと歌曲の夕べ)と言うグループです。
なじみの曲は1曲もありませんでした。
音楽無知だもんで!
終ってすぐ直行で帰宅しました。
10時30分着、それからブログを書かなかきゃ!


DSC02828
ピンクの百合が盛りです、暑いので咲くのが早い
DSC02821
DSC02822
雌蕊の先っちょに甘露が下っている、しばらくすると無くなっているけど落下した形跡はない、吸収するのかな、うす甘い

DSC02831
DSC02832
白い百合も盛り
プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

最新コメント
記事検索
読者登録
LINE読者登録QRコード
メッセージ

名前
メール
本文
タグ絞り込み検索
  • ライブドアブログ