おてんば87歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

同志、護国仲間

「中朝事実」勉強会&選挙応援


令和3年11月6日(土)晴れ

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朝は沢山の犬と遭遇する
今日は土日なのでお隣さんは欠席


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明治神宮
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明治神宮境内
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七五三祝いの親子連れが多い 佳き日


今日は忙しい一日だった。
まず佐藤健二先生の「中朝事実」の勉強会受講の為に
明治神宮会館に行き、難しい講義を聴講し、

終わってすぐ4時に会場を出て葛飾区議選挙に立候補されている
鈴木信行さんの街宣の応援に京成高砂駅に駆け付け、
その後北総鉄道新柴又駅で最後の演説を応援する。
応援同志が大勢詰めかけてエールをおくった。

その駅は出来たばかりの鉄道でかなり寂しい駅だったので
両国迄行ってから同志と中華料理屋に入り夕食を食す。
両国駅周りは幾筋もの商店街があって賑やかであった。




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京成高砂駅
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北総鉄道 新柴又駅
カメラのバッテリーが切れたので動画もちょん切れ、
写真も1枚づつしか撮れず
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今夜の食事 野菜タンメンと餃子
安くて旨かった、850円程
今日の歩数は12967歩



秋篠宮眞子内親王殿下御結婚


 各位

眞子殿下の御結婚に関して、
テレビでは煩く無礼な意見が蔓延っています。
私の思いを添付しますので、よろしくご賢察の程お願いします。
                                                                               川久保勲

秋篠宮眞子内親王殿下御結婚

昨日(令和3年10月26日)
小室圭・眞子両氏の御成婚の会見が行われた。
それに先立つ、赤坂御所の玄関前での秋篠宮両殿下及び佳子殿下と眞子殿下のお別れの場面をテレビで見た。

秋篠宮殿下の慈しみを込めた眼差し、
紀子殿下の悲しげで心配そうな眼差し、
佳子殿下の姉を励ますような抱擁、
その後、眞子殿下が車に乗られて少し窓を開けられると、
秋篠宮殿下は覗き込むようにしてずっと手を振っておられた。
娘の結婚をどんなにかきちんとお祝いされたかったことか、
それを考えると涙を禁じえなかった。

秋篠宮殿下は昨年11月の御会見で
「結婚は認める、但し納采の儀は行わない」おっしゃられた。
これには、二つの重要な意味が込められていると拝察した。

一つは、万が一「女性宮家創設」が決まった後に結婚されると、
小室氏が皇族になり、ひいては女系天皇への道を開いてしまう。
それを避けるために、今のうちに結婚させる。

もう一つは、納采の儀をしないことによって、
小室家とは親戚づきあいをしない。
これによって、皇族と小室家との縁を断ち切ることができる。
何れも、皇室を守るための方策である。
(注、皇室を守るということは日本を守ることと同義語である)

昨日の小室ご夫妻の会見で分かったことは、いかに眞子殿下が誹謗中傷に心を傷つけられておられたことかということだ。
即ち、俗悪なる週刊誌やテレビ等の影響を受けたであろう国民の
多くがこの御結婚に数々の非難を加えていたということだ。

秋篠宮殿下はこの心ない国民の声に配慮されて、賢所の儀や朝見の儀も行わず、更に、税金を使うことになる一時金の支給も取りやめるように計らい、その上、可愛いお嬢様の結婚式さへ諦めて、
眞子殿下と決別される姿を国民に示されたのではなかろうか、
娘を祝いたいという私情は一切抑えて、万感の思いを持って愛娘(まなむすめ)との永遠(とわ)の別れをなされたのではないか。
これも皇室、ひいては日本を守るためであろう。

このような素晴らしい皇室を懐いていることに、
我々国民は満腔の感謝をすべきではないか。
眞子殿下は皇族としてのお勤めを立派に果たしてこられた。
この上は、我々国民はそっと小室眞子さんの
お幸せをお祈りしたいものである。
最後に、拙作を一首。
三年(みつとせ)も離れて愛をはぐくみし尊きひとの幸を祈らむ

川久保②
川久保勲氏


処女尊重風潮はいつ頃から廃れたか


令和3年10月18日(月)

結婚③

昨日同志と盛り上がった話題は
処女尊重の話から少子化問題まで繋がった。

私が高校卒業した頃から親は
私の貞操について特段の気を使い始めたような気がする。
当時女は結婚するまで純潔を保ち処女の身で結婚することが
女の条件だった。

処女を失った女は傷物と称されて商品価値が落ちるのであった。
現在では考えられない価値観である。
たった50数年前まであった価値観であった。
それが無くなったのはいつ頃からだろうか。

男性は自分が結婚した女性が果たして傷物ではないだろうかと
疑心暗鬼したものだ。
傷物の女性は処女の振りをする演技を演じたものだ。
処女膜再生術が密かに話題になっていた。

傷物女性は一生負い目を背負って暮らすことになった。
事実私の母は十代の頃家業で雇われていた若い従業員の子供を
宿し、その為に一家は引っ越しをして密かに産んで自分の弟として届を出されました。

その後、母は東京の親戚に預けられ4年間洋裁の勉強をして帰郷し
洋裁師として他所の土地(私の故郷炭鉱町)で洋裁店に住み込みで働きました。
それでも母の負い目は附いて回りました。

父は恋人が居ましたが、母親が早目に亡くなり、家事をする女手が必要と言うことで父親の命令で母と結婚させられました。
父親(祖父)の言い分は傷物だから辛くても我慢するだろうから
結婚しろと言うものでした、つまり女中代りです。
その家には気難しい義弟二人と義妹が居てただでさえ面倒な家庭だったのです。

因みに義母も少女時代に出産して弟として育てられました、
因みに義母は結婚して乳幼児だった子供二人を残して離婚して
います。
義母は一切話しませんでしたので詳細は判りません。

父は傷物を貰ったと言う悔しさを抱え、母は父に負い目を負い
その関係は一生つきまとっていたようです。
母の弟が言っていましたが「姉さんは明るい性格だったが義兄と結婚してから笑顔が消えた」と言っていました。
それほどまでに処女喪失は重大事件だったのです。

昨夜の話題で同志がこんな事を言いました。
少子化は小婚化の結果だし、
現在処女を尊重する風潮が廃れた結果、
責任の伴う結婚をしなくてもいつでもセックス出来る環境だから、
結婚しなくなったからだと、

小婚化は他にも理由はありますね。
一番の理由は経済問題でしょう。

ただ捌け口だけを求めるオスにはいい世の中になったわけです。
と言うことは男性の大半は自由にセックスしたいが為に結婚して
いたのでしょうかね、
女性には判りません。

なるほどね、
オスは常にメスを追いかける宿命に位置付けられているけど、
いつでもどこでも責任感なくセックス出来れば、
家庭を持って責任を持たされる結婚なんかする
馬鹿はいなくなるんですね。

少子化解決容易ではないな。
この意見に補足お願いします。



幸せな人生を過ごしている


 令和3年4月3日(土)晴れ

今日は一日充実していた。
午前横浜の眼科に行く。
同志の旦那様の眼科院に薬がなくなったので行く。
同志が車で連れて行ってくれ、
帰りにはうちの方まで送ってもらう。
お昼を食べにうちの近所のインド料理店
「アジアンパーム
ASIAN PALM 渋谷本町店に行きました。

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料理、ナン、デザート、飲み物、食べ放題で1100円です。
開店してから20年以上になりますが、当初から1000円でした。

ここは昔1週間に8回(夜も)行った事もある
お気に入りのレストランで、ランチはバイキング方式で
食べ放題です。
昔は喜んでおりましたが、年取ってからはバイキングは
食べきれないので最近はあまり行きませんが、
同志が喜んでうまいうまいと3皿分も食べました。
わざわざ横浜から来たいと言っています。

そこに3時頃までいまして、次は美味しいコーヒーが飲みたいと
御所望なのでジャムハウスに行きました。
ここはママがとても歓待してくれます。
ここでも5時くらいまでお喋りしました。

私は花の独居人ですから、
時間はいくらでも無駄にも有効にも使えます。
今日は一日楽しく過しました。
幸せな人生です。
今日の歩数4673歩



奥本さん2冊目の著書


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プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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