おてんば85歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

ケアマネのお仕事

シニアナビ過去記事(724)「新3K」


 [724] 新3K 2008.10.29  23:54:01  
20/10/29(水)晴れ 爽やか

今日は我が社恒例のケアマネ会議が5時30分から開催された。
午後から訪問を2件こなし、
会社に行って昨日の続きのパソコン業務をやる。

被害妄想、膀胱ガンさん夫婦の11月分のケアプランを
作成しようと思ったがヘルパーの人員配置や、
新規のパソコンソフトの不備などがありうまく行かない。

1個の事業者番号で4つの事業をやっている施設があり、
たとえば認知症対応型のデイとそうでないデイの登録が
重複しているとしてエラーになるのだ。
ソフト会社のサービスセンターに電話したが
そのような事態には対応出来ないそうだ。

!不備発見!

明日は私は休日なので金曜日に又
その件で格闘しなければならない。

今夜のケアマネ会議での話題

介護業界の新3Kと言うのが喧伝されているらしい。

①切りが無い

②希望が無い

③結婚出来ない

と言うそうだ。

このお言葉介護業界と言うよりケアマネに当てはまると思うわぁ。

切りが無いなんてね、

ところで我が社にとっては明るい話題がある。
かねてから探していた良い物件が見つかり、
当区で第1号になる地域密着型認知症対応型の通所介護施設が
開設準備が整ったそうだ。
後は区の認可が下りるのを待つだけだそうだ。

区も慎重で認可に時間が掛かっているらしい、
そして他区でやっている当社の施設の調査見学に来るらしい。

その施設の事は以前のブログに書いているので参考にして下さい。
http:// 3515.iza.ne.jp/ blog/ entry/ 215396/
(後記:残念消失)


シニアナビ過去記事(723)「今日は一日中仕事三昧」


 [723] 今日は一日中仕事三昧  2008.10.28  23:52:24   
20/10/28(火)晴れ

723_picture
「さんご」もお年よねぇ、お疲れのようです。
11歳って人間で言うとどの位かしらね。


今日は本当に仕事したわ。
でもぜんっぜん疲れを感じない。

午前は被害妄想さんの家の片付けを
私の片腕の男性ヘルパーと2時間やった。
ベッドを入れる場所の家具は昨日後見人が栃木から来て
片づけてくれていた。

私は何年も掃除していないらしい冷蔵庫を徹底的に掃除した。
賞味期限切れの食品をじゃんじゃん捨てる、
空瓶やスチロールの空きカラも捨てる。
何でもとってある。

奥さんがうろちょろする度に
「奥さん動くと疲れますよ、座っていましょうね」と言って
座らせる。

!! あっ、うちの冷蔵庫も掃除しなきゃ!!

今度の金曜日に旦那さんが退院なさるのでそれまでにベッドを
搬入しなければならない。
旦那さんもそうだけど、奥さんも始めてのひとり暮らし中に認知が
随分進行した様だ。

今日から試しに配食弁当を導入した。
あんなに反対していたのに弁当を美味しいと言って食べてくれる。
だから早速明日から昼食と夕食を配達して貰うことにした。

デイサービスも目一杯で待ち人が多いと言っていたが
無理に入れて貰った、
やはり日頃のお付き合いの濃さよね。

始めは1回/週から始める。

11月から火曜日に決まったので私の訪問を水曜日にした、
月曜日が都合良いんだけど、
私が火曜日に行くおなじみのレストランが月曜定休なの。

当分、他の日は男性ヘルパーにお願いした。
今までは何人かのヘルパーが入っていたんだけど、
奥さんの好き嫌いがあって面倒だったの。

午後、会社に入る前にこの前の鬱病さん(パニックさん)の
お宅を訪問、
今日はとても穏やかで、この前は具合悪くて失礼な応対をして
申し訳ありませんでしたとお詫びを言われた。

訪問サービスを1回/週から2回/週に増加することになった。

午後からご夫婦(被害妄想、膀胱ガンさん)の
これからの書類関係で半日掛かった。

①夫婦の最新の基本情報をパソコンで入力
②同じく課題分析(アセスメント)のパソコン入力
③配食弁当の区の補助申請書2通手書き
④デイの申し込み書類2通手書き
⑤主治医に医療情報のお願い手続き
⑥包括支援センター(兼デイ併用)に持参して手続き完了。

終わったのは6時であった。

あぁ完璧な仕事であった。

思わず「完璧、完璧」と声に出した。

でもやろうと思っている仕事はいつになるのでしょうか。


ところで話は変わりますが昨日5時頃帰宅途中
私は雹に襲われました。
シルクの上下を着ていましたので、大変痛かったし、びしょ濡れになりました。

雹が降ったのは東京でも一部(山手通り初台あたり)のようです。
生まれて初めての経験でした。
(後記:娘が小学低学年の頃、下校中田んぼ道で雹に襲われ
逃げ場も無くて全身傷だらけになり、泣いて帰宅したことがあったっけな)





シニアナビ過去記事(719)「懲りない女」


 
[719] 懲りない女 2008.10.22  21:59:54   
20/10/22(水)晴れ


それは昨夜夕食後3時間後に始まった。
「ううっ」あたり、あたり、食あたり。

トイレに駆け込み、水でぐるぐるぺっ、を繰り返し胃の内容物を
吐き出そうとするが中々思うようには出てくれない。
便器を抱きかかえ苦闘した。
布団に入っても又苦しくなるのでトイレの前で寝たわ。

私って何度同じ事を繰り返しているんだろうか。
懲りない女、匙を投げない女でもあるけどね。
お手製のイカの塩辛、お手製の鰹の塩辛、
七転八倒の苦闘したけど、
やっぱり新鮮なイカを見ると作りたくなる。

長崎県の親戚の法事で隣の人の分まで食べて激烈な食中毒で病院に担ぎ込まれた。
当時、0157が大流行していた時機なので保健所から聞き取り調査が来て、隔離病室に隔離された。

結局それは腸炎ビブリオ菌の仕業だったが、あれは凄かったわ。
その時七転八倒しながらも心配したのは
新聞に○○歳の老婆が0157に罹患と書かれるのじゃないかと
言うことだった。
のんきな女。

タクラマカン砂漠一周をしている時、中国最奥地のカシュガルで激烈な食中毒になった。幸い2泊だったので私は持参の抗生物質で自己治療しながら、1人寂しくホテルの流れないトイレにこもり闘ったわ。

その時はこんな辺境の土地に1人置いて行かれるのではないかと
さすがに心細かった。
その2年前にタクラマカン砂漠にラクダで旅した時、
中国人スタッフが事故で入院したので見舞ったから
そのあたりの病院内部を知っていたのだ。

それより一番困ったのは一流ホテルなのに給排水事情が悪く汚物が流れないのだ。
その時も土地の人の食べ物をちょっぴり味見したりしたのだ。
私だけね。

去年夏には寿司屋のツブ貝で猛烈な食中毒で数週間後遺症が残ったし、暮れには会社の忘年会で〆鰺でこれも又激烈であった。
それ以来月1の懇親会の度に先輩が「さんごママは生ものは食べちゃ駄目だよ」と言うの。

昨夜はさすがにもう食べ物には気をつけようかな、
と思ったけどね、又繰り返すかもね。

私は事ほど左様に食べ物に卑しいの、
よく言えば生命力が旺盛と言えるのかな。

最近、認定調査で食欲のないお婆さんに出会ったが
息子さんが見守っていないと一口か二口で食べなくなるそうです。 だから内臓はどこも悪くないのに生ける屍みたいでした。
やはり食べない人は弱いですね。

昨夜トイレを抱えこんで考えていたのは
今日の担当者会議の事でした。
もしこのまま救急車で病院に運ばれることになったら、
携帯電話は持って行かないと皆さんに連絡出来ないよなぁと。

でも今回のは比較的軽かった、下の方はどうも無かったし、
起床時は気分悪かったけど、今日の「担当者会議」は
大成功であった。

訪看さんが2人も来てくれて、
主治医と病院相談員と後見人と介護職にも来ていただき
フルメンバーで意義ある会議が開催された。

医者もとても丁寧に説明してくれて、
その後の担当者会議にもアドバイスくれた。
ガンは出っ張ったガンは2個取れたが、
尿管口の皮膚にべったりついているガンは取れないらしい。
転移しやすいガンだそうだ。
でも年齢が94歳だし認知が酷いので
このまま経過観察することになった。

その会議でベッドを導入すること、配食弁当を導入すること、
夫婦をデイサービスに入れることが提案された。
その事は前から提案していることであったが、
奥さんの反対でどうしても実施出来なかった事だが、
この度は全て医者の命令だからと奥さんを説得することにした。

ベッドを入れないと旦那さんを退院させてくれないとか、
デイは旦那様が治療のために行かなくてはならないが
奥さんに付き添いで行って貰わなければならないとかね。
2人とも随分認知が進んでいる。
旦那さん私の事も忘れていたし。

それから福祉用具の社員に直ぐさま来て貰い、契約し、
後見人とベッドを入れる部屋の片付けをした。
何十年分のゴミを片付け家具を動かす、
もう70過ぎの老婆がやること~~、
私達がゴミと思っても奥さんにすれば大事な宝物だろう
多分後で悶着が起きるだろうな。

デイの担当者にも待っている人が居るというのを最優先してくれと
強引にお願いした。
2時から4時までで今日はいったん終わったわ。

ところで今日はいいことを聞きました。
嘔吐するとき、洗浄出来たらなと思いましたが、
塩を入れた微温湯をコップ2杯飲むと胃の中の物が
全て吐き出されるそうです。

今度からそうしよう。


シニアナビ過去記事(718)「介護業界の上下関係」


 [718] 介護業界の上下関係 2008.10.21  22:59:15   
20/10/21(火)晴れ 暖かい

718_picture
今夜の粗食

①白魚丼(超うま)
②ハヤト瓜と鶏肉つみれのお吸い物(微妙)
③いつものトマトとポテサラ(既製品、超まず)
 ポテサラは私の作ったのが100倍もうまい
④黒霧島焼酎の水割り


今日は新規担当の鬱病さんの担当者会議を開催した。
急遽昨日決まったことで訪問看護の方とお会いして鬱病さんの
パニック時の様子やその対処の仕方とか今後の事とかを
ご教示願いたいと思った。

3時に訪看さんの訪問時間なので
その時間にサ責(サービス担当責任者)さんと訪問した。

パニックさんは今日も興奮冷めやらず話し合いは不可能と判断して
すぐに退去したが、その看護師の人を見下したような話しぶりに
実に不愉快な思いをした。

私の娘くらいの年齢(よく判らないが)なのに何を偉いと思って
いるのか年長者に対する振る舞いではない。

これではとても会話もしたくないし、会話が続かない。
大手病院の併設の看護ステーションの訪問看護師だ、
同席した「サ責」さんも我々の事をお手伝いとでも思っているのよと 言っていたが、いつも感じることは介護業界で働く看護師は
この業界で一番偉いと思っているようなのだ。
(後記:この看護師とは後日も実に不愉快な応対されたので腹に据えかねた私はその看護師の所属するステーションに出向いて所長に話があると申し出た、所長は留守だと言って若い気弱そうな男性職員が承ったが、私からは言えません、再度所長の居る時来て貰えませんかと言う(馬鹿か!)再度出向きたくはありません、貴男は私の言うことをそのまま伝えればいいのよと恫喝しましたよ、その後その生意気な看護師は辞めましたね、いろいろ問題のある看護師だったんでしょう)
ケアマネ研修などで同グループになる看護師上がりのケアマネも
偉そうに我々を差配しようとしている方が多い。
医者の下で鬱屈しているやるせなさの「はけ口」に
しているのかな。

私にも言わせて貰いましょう。

現在、地位低下甚だしいケアマネだけど、何故看護師上がりが、
本来の看護師として病院などで勤務しないでケアマネなど
やっているのだろうか、と不思議に思う。

そりゃぁ、ケアマネも面白い仕事ですよ、好きだと思う看護師もいるでしょう。
デモね、私は皮相的な考えをする人間だから、
病院で働く技量や自信がない人ではないかと勘ぐっているのだ。
介護業界にいれば一番上だと思えるんじゃないかな。

ごめん、

本当にケアマネが好きな人にはこの限りではありませんよ。

明日は12:30分から、入院中の膀胱ガンさんの主治医から説明を
受ける、今日病院の相談室の担当者から電話があった。
急遽ではあったが、訪問看護師と介護担当者と後見人が
一同に会してその後担当者会議を開催する。




シニアナビ過去記事(712)「暗くてすみません」


 [712] 暗くてすみません 2008.10.2  18:25:14   
20/10/2(木)秋晴れ 爽やか


712_picture

今日は午前パン教室
クルミたっぷり入りの3種のパンを習った。

講義中携帯が鳴った、表示も見ずに切ったが、
それから動悸がするの。
また何か仕事の決断を求める電話かなと思ったら、
とても不安になったの、もう病膏肓に達していると思った。

その後社長から電話があったときは努めて明るく応対出来たけど、早く抜け出さないと不安でしょうがない。

ところが昨日は後輩の心ない言葉にえらく傷ついた。
そんなとき先輩が新規が入ったけど「やるっ?」と聞いた。
もう終章に入ろうかなと思いながらもつい「はい やります」と
答えたの。

その方は要支援Ⅰだったが要介護Ⅰになったので包括支援センター から降りて来たんだけど。訪問サービスは我が社で伺っている方。
やりますと言った途端に社長や社員があの方も難しい方よ、
鬱病でひとり暮らし、被害妄想さんとどっこいどっこいかなだって、 早く言ってくれよ。

しかし私の担当する方はすべ~~て認知症です。
正気な方は1人もいません。
世の中の高齢者が全て認知症になるんじゃなくて
認知症だから介護保険のお世話になるんでしょうね。

世の中健常者の方が多いのよね。
どうなんでしょうか、そんな統計があるのでしょうか。

私もなるのでしょうか、
もしなるんだったら穏やかなボケ老人になりたいですね。
被害妄想にだけはなりたくないですね。
いくら病気と言えども誰も相手してくれなくなりますからね。

4時からいつもの鍼・マッサージでほぐして貰い
いくらか楽になったわ。



プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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