おてんば84歳・・日々録

昔読んだ、女流作家城夏子さんの「お転婆70歳」と言う本が好きでした。 介護保険制度が始まった平成12年から介護の仕事に入り、 67歳から介護支援専門員を83歳の6月まで現役で務めて参りました。 これからの人生は面白おかしく気ままに過ごしたいと思います。 死ぬまで書き続けますから応援お願いします。

ケアマネのお仕事

シニアナビ過去記事(646)「特記事項」


 [646] 特記事項 2008.6.12  23:55:44   
20/6/12(木)雨


先週中「鬱」に入っていて書きたいことは山ほどあるのに
書く気がしなかった。
きっかけはあの認定調査の特記事項だ。

始めての経験ではあるがとても困難な作業だと思った。
なぜなら「寝たきり老人」ではなくて「寝た振り老人」の
調査だったから、
私の潔癖症が精神を痛めたのだ。

あの日約束より10分ほど早かったけど訪問したら、
相手はベッドの上に端座して食事をなさっていた。

「あぁ、食事中にご免なさいね」
『いぇいぇ、もう終わるところでしたから』と立ち会いの娘さん。
そうしたら相手は寝ると言って寝てしまわれた。
これから調査で寝ていても起きてもらわねばならないのに。

それから老人はすっかり寝たきり老人になってしまい、
何を聞いても返事をしないで3度くらい呼びかけるとうっすら
目をあけてぼんやりと何を聞いても
「判らない」「知らない」「見えない」「聞こえない」「出来ない」と言うばかり。

先方の担当のケアマネも同席していたので、
二人に聞くしか方法はない。
私にも憶えはあるよ、うちの義母の認定調査の時、
事前に「出来る、出来ると言わないように」と言い聞かせていても
認知症の義母には意味無かったけどね、

こちらの老人は認知は無いようだったから、
言われた通りにしていたわけだ。
二人の話では出来ないことが一杯だったけど矛盾だらけなの、
でも事情は良く判るのでなるだけ希望に添いたいと思った。

でもねぇ、出来ないとマークするとなぜ出来ないかと言う理由を
特記事項に書かなければならないの、
それも他の質問事項と矛盾無く整合性が無いといけない。
必ず保険者(区の介護保険課)から問い合わせが来るらしい。

それで帰社してから2時間かけて消しては書き消しては書き
紙が破れる程推敲を重ねた。
書くことはなんでもない、
出来ないを矛盾無く書くことが困難なの。

夕食後も寝るまで呻吟した。出来ないが多いので裏面まで書いた。
後は明日先輩(後輩)に見て貰ってこれで良いかと確認して貰うしかない。

朝起きたら、背骨が痛いの、いつもは筋肉が重いんだけど、
その時の背中の辛さはいつもと違う。

多分これは本音でしか生きられない
不器用な私の心が痛んでいるのだと思った。
本人に何一つ確かめられない認定調査なんて役目を果たして
いないんじゃ無いかと良心の痛みでもあった。

やはり私には無理な仕事だと思った。
会社で先輩に開口一番言った。
この仕事は貴方の仕事にしてくれない。
私には無理と思う、
先輩は私の書いた特記事項に呆れていた。
こんなに丁寧に書く人は居ませんよと、
でも出来ないが多いのだからこうなってしまったのよ。

でも、まあ先輩も褒めてくれたし、いい仕事したかなと気を取り直して他の仕事をしている間にいつのまにかあの嫌な背中の痛みは消えていた。
すっかり肩の荷が下りたようだ。
これからはもっと気楽に書いた方が良いと先輩にも言われたし、
真剣に相手と向き合うと心が痛むと思った。
それよりこの仕事は割の合わない仕事であるから止めようと
思った。
(後記:終わってから雑談している時に娘さんは安心したのか、本人は有名な歌手の大フアンでよくコンサートに行くと話した、最近も行ったそうだ、えっえっえっ!!寝たきり老人じゃなかったの??)

それから、翌日又あの主任ケアマネにもっと心にぐさりと来ることを言われてダブルパ~ンチ、もう参った。
立ち直れない。

以前の日記で主任ケアマネ(30代男性)との確執をグダグダ書いたことがあるが、あれから書かなくなったのは状態が良くなった訳では無く私も仕事に慣れてなるべく彼には聞かないようにしていたからで、おかげで気楽に聞けないので知らないことが沢山ありそうで今だ新人気分から脱出出来ないでいる。

今回初めて区変(区分変更)を申請したが、誰にも相談しないで他事業者には電話連絡ですませていたら、それは申請中としたケアプランを作成し直して他事業者に配布しなければいけなかったのだ。

彼に叱責されたので初めてで知らなかったと言ったら、
それは最初に教えてあるはずでしょうと彼は言うの、
そして極めつけは
「もう4年にもなるんだから(3年だけど~)ちゃんとした仕事して下さいよ」

始めにマニュアルをど~~んと教えられて覚えられますか、
お若い方、
一つ、一つその都度で無いと覚えられないのよ、年寄りは。

私、仕事はまだ誰にも負けないと自負しているけど、
やはり端から見ると
「年寄りは駄目」と映るんでしょうか。



シニアナビ過去記事(643)「介護認定調査 OJT(On the Job Training)」


 [643] 介護認定調査 OJT(On the Job Training) 2008.6.1 23:06:46  20/6/1(日)晴れ暑い
643_picture
今夜の粗食
卵かけご飯(私の子供の頃(戦後)はとびっきりのご馳走であった)
大根サラダ
豆腐
豆腐とワカメのお吸い物
いつものトマト
黒霧島焼酎

今日は私にとって初めての介護認定調査を実施した。
今年1月から30件近く調査をしている先輩(後輩)の指導のもと
もたもたどきどきの1時間であった。

近隣区より委託された案件で調査対象者の娘さんが立ち会うのに
平日は休めないと言うことで日曜日に出動した。

その方は82才の女性で区立の高齢者住宅に独居しておられ
娘さんが都外に居住して週に3回ほど通っておられる

2年前の認定が厳しくない頃までは要介護3であったが、
現在は要介護2になり、サービスを目一杯使っているので
限度枠が足りないのでこの認定調査で介護度を上げたい
希望があるのだ。
それで担当のケアマネも同席して、二人して必死の訴えであった。

私もこの事例とそっくりの利用者を担当していて限度枠が足りないので担当者会議を開催して区分変更の申請をしたばかりである。
そして主治医を訪問してほどよく書いて下さいよと
お願いなどしたものだ。
まだ結果は出ていない。

私の利用者も今日の方ももう独居は無理だと思う。
でも、じゃぁどうすればいいのとなるわけだ。

なるだけ希望に添った特記事項を書こうと帰社してから
2時間ほど取りかかったがまだ終わらない。
とても苦悩する作業である。
明日先輩(後輩)に指導して貰いながら仕上げる。

ところで以前にも書いたがこんなに大変な業務なのに
通信費、交通費込みで2,000円の報酬なのだ。
私の所から現場まではバスで2回乗り換えなくてはならないので
往復800円掛かる、もっとも私は70才以上の都の恩恵のフリーパス
(年間20,500円)を持っているのでフリーではある。

でも指導してくれる後輩は自腹で来てくれた。
彼女のOJTは系列の社長がしてくれたが
彼女は他に4人の指導をしなければならない。

だからお礼を込めて今日のランチ(パルテノペのピッザ)を
ご馳走したわ。



シニアナビ過去記事(641)「只今、猛勉中につき、」


[641] 只今、猛勉中につき、、2008.5.29   23:29:55   
20/5/29(木)一日中雨

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今夜の粗食
全て不味かった。
短時間で作ったからかも知れない。

2,3日前の新聞に掲載されていた
有名料理人の餃子のレシピ通りに作ってみたら
今一だったので今夜再度挑戦してみました。
やはりまずい、旦那もまずいと言いました。

★ 餃子(豚ひき肉、海老、卵(ふんわり焼く)韮、モヤシ)
  ニンニクも生姜も入れないので、私的にはニンニク、
  生姜の入らない餃子なんて餃子と言えないので
  今夜は入れてみた
★ ヒジキの煮物  (千葉産)
★ モズクの酢の物 (黒島産)
★ アーサーの味噌汁(黒島産)
★ いつものトマト

書きたい事が山ほどありますが、
それどころではないので、報告だけ

6月1日(日)に始めての認定調査をやらなければなりません。
相手にとっては大事な調査ですから万全の体制で臨みたいと
思います。

少しでも相手が調査員に不安、不審を持たないように
今更ながら勉強しています。

面白くもない勉強ですが、



 

シニアナビ過去記事(631)「認定調査員」

[631] 認定調査員 2008.5.1  23:51:40   
20/5/1(木)晴れ

631_picture
昨日習った事が目から鱗であった、
今まではボールで捏ねていたが、今回は調理台(人工大理石)の
上で捏ねたし、発酵も乾燥を防ぐ為にラップをしていたが、
教室で買った「セラミックボール」に湯を入れて
先生曰く「発酵室の環境を整えた」
焼く時も油は塗らずクッキングシートを敷いた


月曜日に我が社の定例のケアマネ会議があった。
今回の講師はいつもの系列の社長ではなくて去年ケアマネの
資格を取った後輩(後記:元女優)が務めた。

議題は認定調査に付いて経験にもとずく話。

我が社の本拠地の区は認定調査を民間には委託していないので
去年まで1件も認定調査をしたケアマネは居なかったが、
後輩が積極的な女性で居住する隣接区の研修を受けて会社に
対して隣接区の委託を受けるよう要請したのだ。

今年始めに他の隣接区からも受託するか否かの文書が来たので
受託する旨回答していたら、かなりの頻度で調査依頼が来る様だ。
研修を受けて居るのは彼女だけなので2月から22件程こなした
ようだ。

それで全ケアマネが都の認定調査員研修を受けて本格的に受託することになり、この度の会議で経験者として資料等も揃えて実際的な話をしてくれた。

主任ケアマネからやりたい人は申し出て下さいと申し渡された。

私もせっかくケアマネになったからには経験しようとは思うのだ。
でもね、私も今まで認定調査には何度か立ち会っているがどうもね、私には似合わないと思うのよ。

まずあの子供に話し掛けるような優しげな物言い、
あれが苦手なの、私はどんな認知の方でもどんなに人格が壊れた
方にも普通の話し方でしか接しない。
それしか出来ないのだ。つまり猫なで声では話せない。
もしそれが求められるのなら私は無理に違う人格を演じるわけだ。

でも系列の社長が言っていたが、
「認定調査は面白いよ、いろんな人生を覗くことが出来て、一件落着、後を引かないから良いんだ」と、
たしかにね、

しかしその報酬の安さはどうよ、
会社に4,200円入り、私達契約社員には2,000円の報酬なの、
交通費、通信費込みでね、我が社は搾取する会社ではないので
これが標準かも知れない。

1件の調査で約40分位かけて、帰社してから書く特記事項が
大変らしい、狭い行間に利用者の特別な事情を簡潔に書くことが
難しいのだ。
利用者、家族の願いを込めてね。
(後記:当時特記事項は黒鉛筆で書いて何度も推敲して後、ボールペンで書き直した、大分後になってパソコンで入力出来る書式が普及しました)
認定調査員に求められる資質は
【保険、医療、福祉に関しての専門的な知識を有している者がなる事が望まれます】

【認定調査員は、自ら調査した結果について、介護認定審査会から要請があった場合には、再調査の実施や、照会に対する回答、介護認定審査会に出席、審査対象者の状況等にかんする意見等を求められる事があります】

それで2,000円ねぇ、


今日は始めて人様に上げるベーグルを焼いた。
得意にしている恵比寿のレストランのマダムから
いつも私にもベーグル下さいよ、言われていたので、
午後から1㎏焼いて途中の代官山あたりまで届けに行った。

昨日習った事を取り入れてやったら、まぁまぁの出来であった。
賄いにするそうだ。
その道のプロ集団の皆さんの評価は如何かしら。
いつもは大きさも適当にちぎっていたが、
今日は100グラムずつ計った。
今後ますますうまくなれば望む方にはお分けしようと思うのだ。



 

シニアナビ過去記事(619)「東京都認定調査員新規研修」


 [619] 東京都認定調査員新規研修  2008.4.9  22:00:09   
20/4/9(水)晴れ

619_picture
都庁第二庁舎



今日は1時から4時45分まで上記の研修を受講して来た。
主催は都の介護保険課、だから会場は都庁舎でした。

我が社がある区は認定調査を民間に委託していないので
必要では無かったが勉強して邪魔になるものではないので
我が社のケアマネ全員が受講した。

去年ケアマネの資格を取った新人(後記:元女優)は居住区の
認定調査をもう10件ほどやっている。

私は認定調査だけはやりたくないと思っていたが
将来その道に進むのも「あり」かなと思うようになった。

何故やりたくないと思ったかと言うと、
私の偏屈な正義感が被認定者にとって気の毒な結果になると
思われ、その非難が堪えられないと思うの。
じやぁ、と言って甘くすれば良いものではないと思う。

でも、私も段々判断力が落ちてくる事態を考えたら
今の居宅のケアマネは厳しいと思うんです。
居宅のケアマネは独居や老人だけの身寄りの無い認知症の方々を
丸ごと背負っている事が多く、その仕事は多岐にわたり
記憶力や判断力が衰えたら出来ない仕事だと思うの。

どんな仕事も楽ではないと思いますが、
認定調査だけだと「一件落着」ではないかと思われ、
私自身が認知症にならない限りは豊かな(?)人生経験が
生かせると思うの。

会場は我が家から歩いて行ける距離なのでゆっくりと早めに
到着して久し振りに展望室に行って天下を眺めて来ました。

あいにくの春霞で眺望はよくなかった。
以前正月に登りましたら房総半島まですっきり見えて感激した事があります。
そんな時は、私の好きな羽田の飛行機の発着もよく見えます。

写真をイザの方に掲載しています。
http:// 3515.iza.ne.jp/ blog/ entry/ 538176/

娘が更新しました
http:// mojifu.blog69.fc2.com/


プロフィール

mamasango672

さんごの若かりし頃、姿も立ち居振る舞いも立派だった。
20年程介護の仕事をしてきました。
この度(令和2年)83歳で惜しまれながら引退しました。
これからは死ぬまで面白おかしく過ごしたいと思います。
令和2年7月6日記す!

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