令和3年6月10日(木)晴れ


昨日は大変な一日でとうとうブログ更新出来なかった。
2,3日日前から具合はよくなかった。
前日熱っぽくて頭痛もしていた。
月曜日に歯科で麻酔をかけて肉片を切り取ったのに、
絶えず何か食べているので口中が不潔になって化膿して
いるかもしれないと鎮痛剤を飲んだ。

そして朝起きたらますます具合が悪い、昨日は川崎で酒井先生の
世界史の勉強会だから支度しているとき、
化粧をするために立っていることも辛くなった。

熱を測ってみたらなんと37度2分ある、
あっ、ついに来たかなとよぎる、
去年の末に検査して貰った先生に電話したら、
お昼休みに検査してあげるから来なさいと言われたので
タクシーで行きました。
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陰性!
陽性だと右の▲の下に赤線が表示されるそうです
左の赤線は測定完了のしるしだそうです。

胃がムカムカするので胃薬と抗生剤と炎症を
和らげる薬を処方されました、帰りはバスを乗り継いで帰る。

帰宅後熱を計ったら38度4分ありました。
アイスノンを袋に入れて首筋と脇に挟んで寝ました。
ポカリスエット900mlを一晩で飲み干しました。
おかげで何度もトイレに行きましたよ。
薬を飲む為にレトルトのおかゆを食べました。
美味しく食べられました。

寝ていてもじっとしてられない私、
読みかけだった本を読了しました。
娘が忘れて行った浅田次郎の「おもかげ」
不思議な内容の本です。

浅田次郎はJAL機内誌に随筆が載っているのを時々読んで
おりましたが、それは普通の誰でも読める平易な日本語ですが、
この本では普段使わない難しい言葉が書き連ねてあります。
蠱惑とか怯懦とか殆いとか閑暇とか矍鑠とか渇望とか耄碌とか涵養とか露悪的とか眶とか嗤とかヒエラルキーとかとか!

氏は私より14歳下だが、描かれている戦後から高度経済成長期や
丸の内線、荻窪線や私にとっても懐かしい土地や世代を詳しく述べていらっしゃいますし、丸の内線に拘っておられますが、
私にとっても懐かしいです。

氏は多分詳細に調査した史実を述べておられるのだろうが、
私は何の知能才能も有りませんが戦後から高度経済成長期については私の方が実際の経験は詳しいと思う、

私は昭和35年8月に上京して身を持って体験したことばかりです。
例えば当時市ヶ谷薬王寺に住んでおりましたので都電13番線で牛込柳町から新宿に出ておりましたが、当時新宿駅前大通りが大工事中で何の工事だろうと思っていましたが丸の内線を南阿佐ヶ谷迄延伸する工事をしていたんですね。
その後丸の内線が南阿佐ヶ谷まで開通したと大騒ぎして
おりました。

南阿と言う文字が印象的で南アフリカを連想しましてね、
行ってみたいなよその国と連想していたもんです。
貧しい小さな存在でした。
今朝起きてみれば36度3分になっていて
大分軽く気分良くなっておりました。
今日はコロナ予防接種の日ですが、熱下ったし大丈夫かなと思いましたが、医者に電話しましたら、
予防注射も熱が出ることがあるから今日は止めといた方が無難だと言われましたので、電話で予約を断わり新な予約を入れました。

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旦那がいる時は毎年梅干しは漬けておりましたが、
私はあまり食べないので漬けないでいたんですが、
やはり季節の物はやろうかなと梅とラッキョウを買いました。
ラッキョウもあまり食べないんですけどね、
テレビで鳥取砂丘の過去の農業の苦労を語る番組を見ておりましたら、買ってあげなきゃと思ったわけですよ、

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1Kですがこれを剝くのが楽じゃないのです、
何キロも漬ける人は偉い!
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梅は昨日ふらふらしながら漬けました、
ラッキョウは今日塩漬け、12日後に甘酢に漬ける
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古い小梅漬け(30年5月3日)とアロエの焼酎漬け(31年1月)
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アロエの焼酎漬けを漉してボトルに入れる、
さてなんに効くんだったかな、