[419] 「鮟鱇鍋」はうまいか、、2007.3.17  23:43:58
19/3/17(土)晴れ、寒風
  
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干物の数々、これで〆て7000円也
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平潟の町、平潟は三方を山に囲まれた漁港です。
そして温泉があり魚市場がありますので、新鮮な魚が給されます。
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岡倉天心が読書と思索にふけった「六角堂」の内部
汽車の時間まで1時間もありましたので、「岡倉天心」に
ついて改めて勉強しましたよ。

要するに天心は「横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山」等
そうそうたる後の大家の若き頃のパトロンだったわけですよね。
ところで、彼はどうしてそんなにお金持ちだったのでしょうか。
父親は福井藩の命で生糸貿易を営んで居たそうですが、
自営じゃないわけで、その事業で財をなしたとすれば、
不正をなしたと言う事になりますよね。
天心の墓
岡倉天心の墓(分骨)
道路の土手を穿って階段を付けた、まるで見せ物のような墓
六角堂
六角堂からの太平洋の眺め、
天心はこの海を眺めて思索に耽ったそうだ、
私も海を眺めるのは好きだけど、
思索に耽るとは「見れども見えず」の心境かしら
天心邸
岡倉天心邸 
五浦は文字通り足指のように岬が海に向かって飛び出ている、
確かに浦が5個程ある。その中指あたりに天心邸とその岬を
下った所に六角堂がある。

明治36年に邸宅と六角堂を天心自ら設計して建築したそうだ、
当時の半分の規模になっているそうだが現存しているのが
当時のままだろうか。
私は古い建築の歪なガラスが好きだが面影はあった。
この一帯は天心から受け継いだ遺族から茨城大学に寄贈された。



平潟行きの1泊2日の汽車の旅、なんだか長旅したような虚脱感。
上野発14時の大津港駅直通、久しぶりの汽車の旅も良いもんだ。
宿も聞いていた程ではなくて民宿と言うより旅館と言える
程度であった。

温泉も高温の本当の掛け流しの温泉だった。
私は多分鉱泉だろうと思っていたのだ。

いよいよ、ご期待のあんこう鍋。
まず、前菜と言うのか色々出てきたので、
私は出てきたものは片っ端から食べる主義なので食べていたら、
すでに腹八分になりかかっているのに
「ほうぼうの生き作り」を主役にした刺身の盛り合わせが、
これがとても2人前とは思えない6人前くらいの量なの、

それから主役の「鮟鱇鍋」が出来上がった頃にはもううんざり、
食べる事ってこんなに辛いものなのって思った。

なんだか、我ながら意味がわからないが物悲しくなった。
食べ残す行為にか、、思ったほど旨いと思えなかった事にか、、

悲しくなって座ってられなくて寝転んだ、
寒かったので石油ストーブの前に足裏を向けて
娘とハの字型に寝転んだ。

そこへ女将さんが来て
「もうすぐアンキモが来ますからね、期待して待ってて下さいよ」
と言った。

もう、私達の胃袋の許容量は越えているよ~~
「辛かった~~」
「とても食べきれないです」と言ったら
「皆さんそう仰います」ですって、
私は出された物はきれいに食べる様に躾けられているので、
食べ残す事が罪悪に思えるのです。

「鮟鱇鍋」生まれて始めて食べるのか、食べた事があるのか
自分でも定かではない、
多分生まれて始めて食べたとして、胃の許容量を越えていたので
なんとも言えないが、世間様が美味しいと仰る意味がわからない。

多分私の味覚が老化しているのかもしれない。

数年前、新宿歌舞伎町で生簀で生きている「ふぐ」を食べさせる
店があってその時食べたふぐは「ふぐってこんなに美味しいの」と思った。
だから「鮟鱇」も未知の体験が出来るのかなって
期待が大きかった。

帰りのタクシーのドライバーに聞いてみた。
「鮟鱇鍋って美味しいですか」
「あんな物、旨くはないよ、テレビなんかが宣伝しすぎだよ」
ですって。
安心したわ、私だけがおかしいんじゃないのね。

ところで、干物は色とりどり買って来ました。
今夜は鯖とサヨリを食べましたが、美味しかったです。
特に鯖は油が乗って最高でした。
私は旨い鯵の開きが食べたいと思っていましたが、
もう鯵は終わったそうですが鯖も充分満足しました。