[366] 新年一般参賀 2007.1.2  14:52:05   
19/1/2(火)曇り 穏か
366_picture
天皇陛下バンザーイ


生まれて始めての新年一般参賀に参加して来た。
皇居内も始めて立ち入る。
帰途は乾門から退出し靖国神社に参詣して
日本国民としてのお役目を果たしたような清清しさ。


[367] まずは東京駅から  2007.1.3  17:45:03 
367_picture




[368] 皇居拝観 №1 2007.1.3  21:07:14 
368_picture

皇居正門の衛兵(警官)左右に配置され、なかなかの美形男性です。微動だにしません。特別な日だけ配置されるのだと思う。

この正門を我々庶民が通れるなんて、江戸時代、否現在だって通れませんね。ここに来るまでに、バッグの中を調べられ、ボデイチエック、金属探知機で探知されました。


[369] 皇居拝観 №2 2007.1.3   21:28:16   
369_picture
正門を通り、二重橋までのスロープ、正面に見えるのは伏見櫓、
伏見門を通ると広場があり、それが新宮殿(長和殿)の東庭である。


[370] 皇居拝観 №3  2007.1.3  21:42:39

370_picture
二重橋上を進む人々と伏見門、もうすぐ東庭です。
左右の石垣が立派です


[371] 皇居拝観 №4 2007.1.3  21:45:30   
371_picture
二重橋の上、何時も見る風景を反対側から見ました。
警官が立ち止まって撮影しないように注意しますので、
歩き撮りです。


[372] 皇居拝観 №5 2007.1.3  21:54:53  
372_picture
新宮殿長和殿前の東庭、
右端の方に天皇陛下ご一家が並ばれるベランダがある。
長和殿のベランダに天皇陛下始め皇族方が御立ちになるが、このベランダがもう少し高くないと背の低い人は見えない。背の高い外人が羨ましかった。
そう言えば外人、特にアジア系の外人が多かった。

[373] 皇居拝観 №6 2007.1.3  22:01:08   
373_picture
報道陣は後ろの石垣の上に居ますのでばっちりです。


[374] 皇居拝観 №7  2007.1.3  22:21:26 
374_picture
天皇陛下が挨拶される時は、旗は降ろされますが、
それでも写真を撮る時は頭上高く掲げないと撮れません。
天皇陛下のお言葉
「新しい年を共に祝う事をうれしく思います。年頭に当り、国民の幸せと世界の平安を祈ります」

明瞭な誰にでも理解できる御言葉でした。


[375] 皇居拝観 №8 2007.1.3  22:41:22   
375_picture
退出、
坂下門(右手)方面に向かって下り坂です。
ですから宮殿は台地上に建っているわけです。
正面は富士見櫓、傍のビルはパレスホテルでしょうか。
私は左手方向に進み乾門から退出しました。


[376] 皇居拝観 №9  2007.1.3  22:47:15   
376_picture
宮内庁


[377] 
皇居拝観 No10 2007.1.5 00:27:52   
377_picture
富士見櫓、この櫓は東御苑の中にある、
この人の流れの方向は蓮池濠に沿った道で乾門に通ずる。


[379] 皇居拝観 №11  2007.1.9  18:59:56   
379_picture
宮内庁からすぐの蓮池濠沿いの道を少し北に行った
T字路の角にあった建物
ゲストハウスの様な作り、私の想像では清掃奉仕団の方達が休憩する所かな?


[380] 皇居拝観 №12  2007.1.11   23:42:52   
380_picture
蓮池濠通りの古い門、江戸時代からあるのかもしれない、あまり手入れが行き届いていない、門内には門ほど古めいた建物はない。


[381] 皇居拝観 №13  2007.1.12   23:43:50   
381_picture
№12の先にある長屋門、これもあまり手入れがよくなくて古い、
そんなに重要な建物では無いのだろうか。
この門には典型的な長屋が続いている。


[382] 皇居拝観 №14  2007.1.13  23:40:09   
382_picture
№13の続きの長屋、この建物も古そうでつぎはぎの
手入れがしてある。
何か見たことがある長屋だなと思ったら、幕末の頃の写真に
似た建物があった。次に掲載してみる。

[383] 幕末の武家屋敷長屋   2007.1.13  23:50:12   
383_picture
芝高輪の「薩摩藩島津家下屋敷」

当時の海岸線沿いにはしっていた東海道から入った辺り
「西郷隆盛」と「勝海舟」が江戸城明け渡しのために
第一回会談をした場所として知られる。
現在は「ホテルパシフイック東京」になっている。
左手は「久留米藩有馬家下屋敷」と「豊前中津藩下屋敷」
384_picture
385_picture
386_picture


[388] 皇居拝観 №15  2007.1.16  23:35:59   
388_picture
道灌濠


[389] 皇居拝観 №16 2007.1.19  23:37:40   
389_picture
山下通り、
なんだか高貴なお方のお車しか通れないようなオーラを感じた道路。 
私が見た皇居はメイン通りだけで、中身は判らないわけだけど、
私はシテイガールだからこんな寂しい森の中には住めないと
思った。


[392] 皇居拝観 №17 2007.1.26  23:06:28   
392_picture
乾門外


日本人の住まいに関する特質として、
猫の額、4畳半、茶室、ウサギ小屋、縮み思考などミニチュアな印象で語られる事が多いが皇居や古代の墳墓を見ると決してそんな事は無い、気宇壮大なのだ。

(後記:シニアナビは写真が1ページに1枚しか掲載出来ませんでしたので、次回以後の記事に脈絡なく載せていました、それを順序よく編集するのに非常に手間がかかりました)