[303] りんごジャムを作ってみた  2006.10.28  22:40:17   
18/10/28 (土) 晴れ

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昨日、紅玉りんごの小玉が10個(1k700g)で500円で売っていた。
「そうだ、、ジャム作ろう」

最近、娘がどこからか貰ってきたネクタリンとルバーブのジャムが
ちっとも美味しくなかったが、捨てる事も出来ずやっと食べ終わった。

反動で美味しい~ジャムが食べたくなったってわけ。

ネットで調べたらいろいろ作り方があるが、水を入れて煮ると言うのが結構あったが、なんとなく「水は嫌」だったので、自分なりにアレンジして作った。

半分は皮ごと、半分は皮むきにしてみた。
皮ごと煮たのはきれいな色に出来上がったが、後で皮を取り除き
私はケチなので、皮に付いているわずかな果肉もこそげ取り、なかなかに手間が掛かった。

違いの判るお方に差し上げたいと思うが、たったこれだけしか出来なかったので今度沢山買ってからにしよう。

最近我が家の97歳の老婆もなかなか難しくなった。
今日訪ねたら、風呂に入るのが不安だからこれからは入らないで良いだろうと仰る。

それは誰にも強制出来ないこと。
でも好きにしたらぁ、とも言えず来週から私が水曜日の2時から
貸切の浴室で入れることにした。
ここの「ケアハウス」には我が家より立派な浴室が無料で貸し切れるのだ。

つくづく思うことだが、元気な時、お嫁さんは大事にしておくもんだと。

私は次男の嫁。
明治生まれの義母は長男をとても大事に可愛がり、
次男である旦那が昔ひがんでいたが、お袋は兄貴と俺とを差別して育てたといつも恨んでいた。

当然、私と兄嫁も差別された、兄嫁にはとても気を使い、
義母とその妹二人で私を愚弄した。
どれほどの屈辱を味わった事だろう。

兄夫婦は外に出て所帯を持ち、家に残った次男夫婦(つまり私達)が一緒に暮らしたのだ。
もう過去の事だけど。
今思い出しても「つらかったなぁ」

なのに、その大事な長男が裕次郎と同じ年齢で心筋梗塞で亡くなったのだ。

にわかにその老後の期待は私にシフトされ。
「さんごママ」「さんごママ」と来たもんだ。

私とて、蛇でも鬼でもないので、仕返ししようと言う根性は無いが
どうしても実母に感じたような慈愛は湧かない。

孫に対してもそうだ。
うちの長男は異常に可愛がり、娘は名前も覚えて貰えない。
昔から「娘は」「娘は」と言うのだ。
「娘では無いでしょう名前があるでしょう」といくら言っても覚えてくれず、
娘も「私は可愛がって貰わなかった」と言って親愛の情をしめさない。

かわいそうな義母。
明治の女です。

明治と言えば、私にとって普通のことなのに最近、病院の事務員から
「へぇ、明治ですか、珍しいですね」と言われた。
そうなんだ。
明治は遠くなりにけり。
私の中では、安政の人もいたのになぁ。