[295] 家賃に消費税が掛からないのは誰の「おかげ」
2006.9.16  23:48:38   
18/9/16(土)曇り 晴れ 秋の気配

私のお陰です。

昭和60年のゴールデンウイーク期間に相模地方の持ち家を借金返済の為売却し、辛うじて借家を借りる費用だけ残りました。
もう半年か一年持ちこたえていれば2倍から3倍で売れて一気に借金は無くなるのに、運に見放されている時はこんなものです。
(後記:旦那が女(玄人女)と遊興費に使った借金は総額6000万円ほどありました)
それは屈辱の日々でした。

借金返済の苦しい日々でした、これ以上の節約法はないと言う暮らしでした。
おまけにまもなく二人の子供が同時に大学に行く日も近づいていました。

せめて悔しさをなだめる為に住まいだけは人の羨む部屋にしようと頑張りました。
今住んでいるマンションの下階の部屋でした。
別に豪華マンションではありませんが、西の空が開けて冬には富士山が眺められ、苦しい一日が終わってビール片手に遠く夜景を眺めるのが唯一の贅沢でした。

家賃は60平米で152,000円でした。
当時はまだ判りませんでしたがバブルの大波がひたひたと押し寄せて来ていました。
次の更新では170,000円になりました。

それでも地方に住む大家さんは慈悲深い未亡人でしたので相場より
安かったのです。

平成元年に消費税が課税されるようになり、当初は3%だった
税金は5,100円にもなり、それは我が家にとっては大金でした。

そんな頃、新聞で消費税に意見のある人は電話するようにと掲載されていました。
確か「総務省」だったと思いますが、私は生まれて始めて政府に意見をしました。
自宅には電話を入れて無かったので会社の電話でしました。

相手は若そうな男性でした。

私「家賃に課税するなんてとんでもないです」
私「我が家は零細企業を経営しているが、過酷な労働条件で職住接近でないとやっていけないが、年頃の男女の子供がいればどうしても3部屋は必要です、都心で3部屋借りると我々には過大な負担なのにその上税金を掛けるなんてとんでもありません」
私「それとも政府で住宅を十分手当てしてくれるんですか、貴方達公務員は立派な安い住宅が用意されているでしょうから、我々の苦しみはわからないでしょうね」
公「そんな事はありません、私も借家に住んでいます」
私「それは貴方が好んでしていることでしょう、住もうと思えば官舎に住めるでしょうが」
公「でも食料、衣類等とどう区別するんですか」
私「食料はピンからキリまであり、納豆や豆腐でも過ごせますし、衣類は貰い物でも過ごせます、しかし住まいだけは橋の下に住むわけにはいかないのです」

ああいえばこう言い、こう言えばああ言い。

2時間くらい必死で説き伏せました。
「うん」と言うまで引きません。
全国の借家人の代表になったつもりで渾身の力を込めて説き伏せました。
公務員氏も根負けして
「貴女の意見は必ずや力説して届けます」と言ってくれました。

そして暮れなずむ表に出たら、自転車のかごに積んでいた食料をごっそり盗まれていました。

「ほーら、国民はこんなに貧しいんだ」

今、日本は声高に主張する人たちに国の方向を向けられていると思います。
本来の大和ではなくなりつつあります。
誰かが良きに計らってくれるだろうとお任せしているととんでもない国になってしまいますよ。

意見は述べるべきです。

消費税には後日談があります。

それから消費税が発布され、私の願いが届き自家用の住宅には課税されない事になりましたが、
なんと地方に住む大家さんが管理を任せている管理会社から課税すると通告して来たのです。

理由は当社は営業しているので当社の管理する物件は営業物件だと言うのです。
管理会社は私と大家さんが接触しないようにしていましたが、
何とかして大家さんの住所を突き止め、直訴しました。

すると、なんと大家さんは私に税金を掛けないようにとお願いして
その分負担していたのです。
管理会社は大家さんからと、私からと不当に利益を得ようとしていたわけです。
大家さんは立腹して、
管理会社と解約して「さんごママ」はこれまで立派に契約を履行して信用出来るので直接契約にしましょうと言ってくれました。
そして管理会社に払っていた分安くしてくれました。

何事も諦めてはいけないわけです。