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[235]「介護予防サービス・支援計画表」完成 2006.5.11  00:14:06 
18/5/10(水)曇り 小雨
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出来たー、後は清書するだけだ。


今日も仕事の話
昨日は一日中例の困難事例のお宅、
午前中はいつもの業務とこの地域を担当する「地域包括支援センター」からベテランケアマネが来て調査、立ち会う。

実はご主人の夜尿が酷く、それに対して奥様が対処出来なくて悲惨な状況なので当区には困難な家庭に布団洗濯(1/年)と乾燥(1/月)が無料で利用出来る制度があるので、申し込んでいたのが今回の調査となったが、この家庭のあまりにも困難な事例にベテランケアマネも絶句していた。

この4月から私が担当する事になったわけだが、
こんな困難な事例を私のような初心者に引き渡すなんて無責任だと憤慨していた。
(Aセンターとしておこう、今回のセンターをBとする)

でも、4年近く訪問して精神を病んでいらっしゃる奥様に信頼されて事情を熟知している私以外に適任者は居ないと思う。

5月24日に開催されるBセンター主催の「地域担当ケア会議」の
事例検討にぜひこの事例を提出して欲しいと懇請された。

今までこの種の会議に参加してみた感じでは会議に事例を出しても
はかばかしい解決法はなかったように思われるので正直に申したら、こんな困難な事例を貴女一人で抱え込むのは無理よ、
皆さんにも考えて貰いましょうよと説得されたので承知した。

自信に溢れててきぱきした方だったので、私の悩み(当面の宿題)を話したら指導してくれると快諾された。
「地域包括支援センター」は我々のような新人ケアマネの指導をすることも使命なのだ。

午後から、奥様を神経科に通院介助する、
奥様の外出には留守番のヘルパーも手配しなければ、拒否されるのだ。
その手配を失念していて前夜映画を見ている時思い出して、
慌てたが夜遅く心優しい社員ヘルパーにお願いした。

神経科の医者には前日FAXで情報を知らせておいた。
訪問看護を薦められたが不承不承のその顔で私にはこの件も却下だと思われた。

栃木から弟さんが見えて折角説得なさった兄弟の居る町に行く件も後に奥様が「私は死ぬまでこの家を離れませんよ」で元の木阿弥になった。

今日は午後から、Bセンターに指導を受けに行った。
Tケアマネの指導のもと1時間で素案が出来た。
後は清書するだけだ。
彼女が「出来た~~たったの1時間よ」の声で「えっ本当」と
その嬉しかった事思わず最敬礼した。

私は文をひねるのはどちらかと言えば得意な方だが、
この計画表を書く作業は難解だ。
単に「腰が痛くて家事が出来ないので、ヘルパーに掃除、買物をしてもらいたい」と言う簡単な課題をひっくり返し、とっくり返し文に起こすのがどうしても理解出来ない。
「何の為にぃ~」と疑問に思ってしまうのだ。
これは「官」に働いていた人には普通なのだろうか。
私は親族一同「民」である。

彼女のおかげで私の未来は、ぱ~~っと明るくなった。
これからは解らない事があったらいつでも聞いて下さいと仰った。
私より、ず~~っとお若いのにすっかりお慕い申しあげた。

これから彼女を師匠に成長して「坂憲」を追い越してやる~~。

そんなこんなで、他所の老人の世話に明け暮れている間に、
うちの97歳の老婆が具合が悪くなり、今日夕方入院させた。
発熱と下痢、他に腹部が異常に膨らんでいた。

内も外も公も私も多忙である。

「さんごママ貴女はえらいっ」